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…パリーン!

「!」

乾いたその音に、全員がハッとしてそれを見る。
気づけば麗華の手が卓上のカップに触れたらしく、床にはいくつにも割れたカップが散乱していた。


「!! す、すみません! 私ったら…」

慌ててカップを拾おうと屈む。
が、破片に触れた途端、彼女は小さく呻き、そこからパッと手を離した。

「いッ! …つッ…」
「! 大丈夫ですか!?」

悲痛な声に、零夜がすぐさましゃがみこむ。見ると、案の定彼女の指からは血が滲み、破片によって切れたことが分かった。

「柚那さん、すいませんが救急箱を!」
「分かりました。」

柚那が急いで救急箱を取りに向かう。零夜はポケットからハンカチを取り出すと、それを麗華の指にそっとあてがった。

「あ、だ、大丈夫ですわ、九条さん! ハンカチが汚れてしまいます!」
「そんなことは構いません。それよりも、早く血を止めないと…」
「けれど、…!! ッ…」

麗華の言葉がそこで止まる。どうやら、まだ傷口に破片の欠片が残っているようだ。

「…。」

それに気づいた零夜は眉を顰め、ハンカチを取った。


「…………失礼します。」
「…え、」


その言葉を合図に、零夜は未だ血の止まらない指を引き寄せ、そこに口をつけた。



「!?」

「!!」
ガタッ!!


麗華の頬にサッと赤みがさし、驚いたように目を見開く。

「ッ、く、くく九条さん!? な、何を…」

焦ったように訊ねる麗華に、零夜が申しわけなさそうに口を離した。

「…すいません。いち早く破片を取り出すには、これが一番だと思ったものですから…。」

そう言って指を口に差し込むと、そこから小さな欠片がキラリと光る。

「ぁ…」
“破片…”

「救急箱をお持ちしました。」

ちょうどそこで救急箱を持った柚那が現れた。

「不快に感じたようなら申し訳ありません。…口をつけるなんて、あまり綺麗なものではありませんし…。」
「! い、いえ…そんなこと…」

顔を真っ赤にして俯いてしまった麗華に、零夜はもう一度「すいません」と謝った。





−−…。

麗華の指の手当ても終わり、零夜は隣の部屋で着替えをしていた。シャツに紅茶が飛んでいたらしく、それを見た麗華が、早く洗わないとシミになると急かしたからだ。

「ふぅ、」
“なんだか慌ただしい親善交流になってしまいましたね…”

零夜はシャツを脱ぐと小さく息を吐く。

“しかし、この年になってまだ女性と間違われる日が来ようとは…”

自然と笑顔も引き攣る。
先程の麗華の言葉を思い出し、零夜は肩を落とした。
髪の長さがいけないんだろうか…と、指にくるくると髪を絡め考えていると、

コン、コン…

不意にドアの外から、控えめなノックの音が鳴った。


「あ、はい。」
「九条さん? 先程は失礼しました。…シミは落ちそうですか?」
「あぁ、それなら大丈夫ですよ。そんなに大したシミではありませんでしたし…。」

“と、それより…”

そんなことよりも、考え事に夢中になり、まだ着替えが終わっていないことに気づく。
慌てて予備の制服に手を伸ばし、手繰り寄せた時だった。

「よかった。あの、九条さん。お詫びといってはなんですが、そのシミ抜き、是非私に…」

ガラッ!


「!」


零夜がシャツを着ようとしたとき、ドアが開けられ麗華が入ってきた。

「あ、」

当然まだ服は着れていないままで、
つまりは上半身が裸ということで…

「あ、す、すいません。今すぐ着るので、少し…」

待っていてもらえますか、
そう言おうとした零夜だが、自分を直視したまま固まっている麗華に、思わず言葉を止めた。

「あ、あの〜…桜小路さん?」

名前を呼び、ひらひらと目の前で手を振ると、それに反応してか、麗華がビクッと身を揺らす。

「ぁ…、」

途端、頭に血が昇ったように、カーッと顔を赤くする麗華。

「…桜小路さん? だ、大丈夫ですか?」

真っ赤になり、心なしかふらつき始める麗華に、零夜はシャツを着るのも忘れて駆け寄り、倒れかける彼女を抱き止めた。


「ッ!?」

が、次の瞬間、麗華は意識を飛ばし、その鼻からはツーッと一筋の血が流れた。

「え!さ、桜小路さん!? しっかりして下さい!! 桜小路さん!!」


…−−。


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