企画 | ナノ

女の敗北

四季がはっきりと分かれている煌帝国の冬はとても寒く、早朝ともなると、キンと張り詰めたような空気が部屋の中にも立ち込めることがある。
肌を刺すような寒さに、ナマエは微睡みから覚まされそうになり、逃れる様に傍にある温かい体に顔を寄せた。
よほどのことがない限りは、紅炎と共に眠るので手を伸ばせばすぐに触れられるところに紅炎の体がある。いつものように、広い胸板に頬を寄せようとしたところで、むにゅっと不思議な感触がして、思わず眉根を寄せた。
寝ぼけた頭にうまく事態が飲み込めず、何度か感触を確かめるように額を押し付ける。が、はやり柔らかい弾力のある感触が戻ってきて、ナマエは「んん・・・」と声を上げた。

その時聞こえた、低い声に違和感を感じる。
いつもの自分の声ではない、風邪を引いた時の様な低い声にナマエは「おかしい」と脳内が警笛を鳴らすのを感じた。

「っまさか・・・」

勢いよく起き上がって、布団を跳ねのける。冷えた空気に肌が粟立ったが、それよりもはるかに目の前の光景の方が自分の血の気を引かせていた。

「・・・ナマエ、どうした?まだ、早い・・・」
「お、起きてください紅炎様・・・また、してやられました・・・」
「・・・何?」

寝崩れた夜着から覗く豊かなに胸元に、ナマエはさっと視線を逸らす。明らかに、自分のものよりも大きいと落ち込みそうになりながら、視線を下ろせば、そこには男性の真っ平な胸板があって更に落ち込む。
ぱちりと瞼を開いた赤い瞳が此方を捉えて、驚愕に見開かれるのに、そう時間はかからなかった。

「・・・ナマエ、か」
「はい・・・、どうやらまた神官殿の悪戯にかかったようです・・・」

見事に女性へと変貌した紅炎に、同じく男性へと変貌したナマエが泣きそうになりながらコクリと頷いた。





「それで、神官殿はどちらにいかれたと?」
「は、はい!最後に見かけた者の話では、『寒いのは嫌いだから、南へ行く』といって絨毯に乗ってい去って行かれたようで・・・」
「南ということは、シンドリアか・・・」

忌々しいと言わんばかりに眉を潜めて、声を潜めた紅炎に紅明も溜息をもらす。

「まぁ、あちらに長居が出来る訳もないでしょうから、すぐに戻ってくるとは思いますが・・・」
「それでも、行き来だけで数日かかるよねぇ・・・」

呆れたように、でもどこか楽しそうに口元に笑みを浮かべながら言葉を発したのは、紅覇だ。

「それで、被害者はどれだけいる」
「・・・私と白龍殿、それに白瑛殿は無事だったようですね。私は昨日軍議が長引いて徹夜だったので、魔法をかける暇がなかったのでしょう・・・」
「僕と紅玉は見事に変わってたよぉー、ほら、服を変えたらぴったりだったー」
「紅覇お兄様・・・!そんなに胸元を寛げたらはしたないです・・・!」
「まさか、兄妹のほとんどが引っ掛かるとは・・・・、今どこかの国に攻め込まれでもしたら一巻の終わりです」

目頭を押さえて、力なく首を振る紅明に、引っ掛かった側のナマエは小さく縮こまった。

「口止めはしているな?」
「もちろんです。幸い大きな騒ぎになる前に、手が打てましたから。このことを知っている者も信頼がおける者たちばかりですし、余計な情報が漏れることはないと思います」

深く頷く紅炎も、今はナマエの着物を着こんでいる。初めこそ元の着物を着ようとしていたが、丈やら之やらが合わず、着崩れてしまうので仕方なしにナマエが持つ着物の中で一番落ち着いた色味の物を用意して着つけたのだ。
深い緑色をした着物は、ナマエが纏うといささか重たく着物に着られている感があったのだが、さすがに紅炎はよく似合っている。不機嫌そうな表情と、涼しげな切れ長の瞳も相まって、壮絶な色気が醸し出されていた。
そんな紅炎の姿を横目で伺っていた時に、ちらりと赤い瞳が此方を向き視線が合う。何かを言われたわけではないのに、かぁっと赤くなる頬を抑えられなくて、ナマエは慌てて視線を逸らせた。

「どうかしたか?ナマエ」
「いっ、いえ・・・、なんでもありません・・・」

たとえ姿は違っていても紅炎だというだけで自分の心臓は高鳴ってしまう。いまだ、早鐘を打つ心臓を落ち着ける様に一度咳ばらいをするとナマエは周りを見渡した。

「神官殿はおりませんが、解除の方法がないわけではありません。この魔法の命令式であれば大体の見当が付きますから、一両日中には解析し反対魔法も編みだせると思います」
「本当ですかっ?」
「はい。幸いこの手の魔法は8型魔法が多いのですが、私が得手とするものも8型魔法ですし、そう時間もかからないと思います」

良くも悪くも何度かジュダルの悪戯に引っ掛かって色々な魔法の餌食になってきたのだ。その経験も相まって、ジュダルが組みそうな魔法の命令式も検討がつくし、それに対する反対魔法もすでにおおよその見当は付いていた。

自信をもって頷くと、安心したように紅玉が安堵の息を吐いた。

「よかったわぁ・・・。ジュダルちゃんが戻ってくるまでこのままだったら、どうしようかと思っていたのぉ」
「えー、別に僕は全然かまわないけどぉ。案外似合っていると思わないー?」

紅玉と紅覇は年齢が近い事、それに紅覇の容姿がもともと中性的なことも相まって、まるでそっくり交換したように違和感がない。これで化粧や髪型をそっくりに施したら、きっと親しくない者たちの目なら誤魔化せるだろう。

「そんなっ、困りますわぁ紅覇お兄様!だって・・・だって・・・この姿じゃ・・・その、お風呂とかも入れないじゃありませんかぁ・・・」

真っ赤になりながら、最後は尻すぼみになって抗議した紅玉の言葉に、全員無言になる。
確かに慣れない体で日常生活を送るとなると、色々と不都合も多い。

そこに思い立って、ナマエもかぁぁと顔を真っ赤にさせた。

「紅玉様!お任せください、私が必ず、明日までに・・・、いえ今日中に魔法を完成させます。ですから安心してください!」
「ありがとう、ナマエ!」

がしっと紅玉の手を握って約束をすると、ナマエは全は急げといわんばかりに集まった紅炎達に頭を下げると自室へと下がった。
紅炎の部屋に続いたナマエの自室には、紅炎ほどではないが多くの書物がある。大半は魔導書なのだが、その中からめぼしい物を手当たり次第に引っ張り出してナマエは命令式の構築に取り掛かった。体を作り変える魔法、以前幼くなる魔法を成功させたことがあるので、その理論に基づいて少しずつ手探りではあるが魔法の形を解明していく。

どれだけその作業に没頭していたのか分からなくなる頃、コトンと目の前に甘い匂いをさせた茶器を置かれてナマエは視線を上げた。

「紅炎、様・・・」
「もう昼餉の時間もとうに過ぎた。少しは何かを口に入れないと、体に障る」
「あ・・・もう、そんな時間なのですね・・・」

辺りを見渡せば確かに、窓の外の景色も早朝のそれというよりは、夕方に近い光の色合いになっていた。
ずっと下を向いていた為に、わずかに痛む首を伸ばしながらナマエは、礼を言ってから紅炎が差し出したお茶を口に含んだ。

「甘い・・・」
「氷砂糖が溶けているからな。・・・あまり根を詰めるな、魔法の事ならば明日でも構わん」
「だ、ダメです・・・!」

咄嗟に否定すれば、紅炎がきょとんとした様に目を瞬かせる。不思議そうに、眉根を寄せた後、「お前も紅玉も何をそんなに急いでいるんだ?」と首を傾げた。

「そ、それは・・・だって、その色々困るではありませんか・・・」
「困る?」
「お、お風呂に入るのだってその・・・なれない身体ですし・・・」

風呂は一日くらい我慢すればいいが、用を足すとなるとそうはいかない。我慢にも限界があるのだから、一刻も早く元の体に戻りたいと思うのは自然なことだ。

「・・・・なるほど、そういうことか」

紅炎が真っ赤になったナマエの表情をみてすべてを悟ったらしい。ニヤリと口元に笑みを浮かべると、いつにもまして色気のある表情でずいっと体を寄せてきた。

「確かにお互いなれない身体では不便だな・・・。ならば共に湯に入るか?お前が俺の体を洗い、俺がお前の身体を洗ってやれば丸く収まる」

「隅々まで綺麗にしてやるぞ」と艶を含んだ声を耳元に囁かれてナマエは、思わずガタンっと椅子から立ち上がって紅炎から距離を取った。

「紅炎様っ!からかわないでください!」

真っ赤になって抗議すれば、紅炎はクツクツと喉を震わせて笑っている。その姿すら艶やかで、ナマエはなぜかズルいと女性としての敗北感を感じていた。

「冗談だ」
「・・・あと、半時(一時間)もあれば、完成します。まずは私で試してみて上手くいったらすぐに紅炎様達にお掛けします。もう少々お待ちになってください」
「あぁ、期待している」

そう言って褒める様に、頬に口づけを落としたあと紅炎はゆっくりと部屋を出ていった。
その後姿を見つめながら、やっぱり女の自分よりも圧倒的な色気を醸し出す紅炎に「ズルい」と小さくつぶやいた声は静かに空気に溶けてった。



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