企画 | ナノ

まだ知らない物語

闇夜の様な暗紫色の髪をふわりと風が浚う。真っ直ぐに伸びた髪は絡まることもなく宙に舞い、視界の端に赤い影がよぎったと思った次の瞬間に、鋭い切っ先が喉元に迫るのを感じて思わず息をのんだ。
ひゅっと短く息が吐き出されるのと、甲高い音を立てて剣先が弾かれるのはほぼ同時だった。間一髪といったところでボルグが身体を覆ったおかげでナマエの体にはいまだ傷一つない。身体に痛みが走らないのを、一呼吸の間に確かめながら、ナマエはぐっと眉根を寄せた。

「・・・いきなり切りかかるなんて、ずいぶんじゃない」
「貴様、何者だ。何故、ここにいる」

怒りと、警戒を含んだ低い声に、ナマエは竦みそうになる体を叱咤しながらも腹に力を入れる。怯えを気取られてはいけない。駆け引きに必要なのははったりを押しとおす度胸だという兄の言葉が脳裏によみがえった。

「・・・来たくて来たんじゃないわ。事故だったの。まさかアレが迷宮の入り口だなんて思わなったんだもの」

思い浮かぶのはほんの数時間前のこと。森の中にあった朽ちた祠だ不思議なルフの騒めきを感じて興味本位に近づいた瞬間に体が引っ張られる様な感覚を感じて、まずいと思った瞬間には迷宮の中に引きずりこまれてしまったのだ。

「それに、見ての通り私は魔法使いよ。そもそも金属器使いにはなれないもの。貴方とジンを取り合う気もさらさらない」
「だが敵じゃないとは言い切れない」

鋭い視線にナマエは降参する時の様に両手をあげて、敵意はないことを示した。

「武器も持っていないし、杖も持っていないの。魔法使いって言ってもまだまだ見習いだから出来るのはボルグを張ることくらい・・・、なんなら身体検査してくれて構わないわ」
「・・・・ふん、ならばさっさとどこかに行け。命は見逃してやる」
「それじゃ困るの」
「なんだと?」
「だって、迷宮から出られるのはジンと契約してクリアした時のみ、でしょ?貴方がクリアするんだったら、一緒に付いていかないと一生迷宮の中に閉じ込められちゃう」

口元に小さく笑みを浮かべて、精一杯自信満々に見える様に余裕たっぷりに告げれば、目の前の青年の眉がぎゅっと顰められた。

「・・・随分と詳しいな」
「まぁ、色々とあって、ね。・・・・で、話を戻すけど貴方が迷宮をクリアするなら一緒に付いていく。邪魔はしないから!ね、お願い!ボルグしかできないけど、代わりにすっごく固いボルグを張れるの。どんな攻撃も弾き返すくらい強力なものよ。貴方の足手まといにはならないから!」

じっと瞳を見つめかしえて懇願すると、暫くしたのち青年はすっと剣先を引いた。

「・・・勝手にしろ」
「ありがとう!本当に助かる」

そう、にっこり笑ったナマエを胡散臭げに見やったあと青年は踵を返してすたすたと歩き出した。

「ゴール、分かるの?」
「・・・ここに来る途中にトラン語で道しるべがあった。その通りだとすれば正しい道はこちらだろう」
「へぇ〜、トラン語が読めるってすごいのね・・・・。年は同じくらいなのに・・・」
「当然だ、貴様と比べるな」
「貴様っていうのはやめてよ。私はナマエっていうの、少しの間だけどよろしくね」

笑顔で語り掛けるのもむなしく、青年の表情は仮面の様に険しいままだ。殺気は収まったが、警戒は留まることがない。

「・・・名を呼ぶ必要もない」
「えぇ〜、読んでよ、名前で!貴様とかいやよ。そう言われたって返事しないから!私」
「知るか。煩いからしゃべるな。黙ってついてこい」
「はーい。・・・・・・ねぇ、貴方のお名前は?」

黙るといった傍から、質問してきたナマエに青年の絶対零度の赤い視線が注がれる。その厳しさに、思わず謝りながらもナマエは「教えて」と頼み込む。

「もしはぐれちゃったときに、名前が分からないと呼べないじゃない。お願い教えて」
「知るか、はぐれたならば置いていくまでだ」
「そんな冷たいこと言わないで・・・、あなたと逸れたら私、本当に困っちゃう。・・・私、どうしても帰りたいの。迷宮で死ぬなんていや」

そもそも迷宮に迷い込んだのは事故の様なものだ。ちょっとあたりを見てくると言って仲間と別行動をとったのに、こんなところで命を落としてはみんなに合わせる顔がなくなってしまう。

「兄さんも心配してる・・・帰らなきゃ・・・」
「兄、がいるのか?」
「一人ね、家族は兄さんだけ。他の仲間と一緒に世界中を旅して色んなものを売ってるの。ちょっとあたりを散歩するだけのつもりだったのに、このままじゃ兄さんに心配かけちゃう・・・」
「・・・俺にも兄妹がいる。確かに、弟達が突然いなくなったら心配するだろうな」

ぽつりと呟いた言葉は、とても優しい響きでナマエは思わず驚いて目を瞬いた。

「・・・俺は紅炎だ。気安く呼ぶなよ」
「分かった。ありがと、紅炎」

やっぱり早速約束を破ってしまって、ナマエは思わず両手で口を抑えた。

「わ!ごめんなさい、思わず・・・!今のなしね!」

そう慌てて続ければ、紅炎は一瞬驚いたように目を見開いたあと、ふっと息を抜くように表情から力を抜いた。今までのしかめっ面に近い表情から真顔になっただけなのだが、それはどこか笑っているようにも見えて、ナマエの心もジワリと温かくなった。

「・・・いくぞ」
「あ、うん!」

そのまますたすたと歩き出した紅炎にナマエは慌てて後を追う。やはりどこか柔らかくなった空気に微笑みを浮かべながら、そっと紅炎の横顔を盗み見る。真っ直ぐと前を向いた凛とした横顔に、頬が赤くなるのを感じながら、ナマエは遅れないようにと足を運ぶ速度を少しだけ早くした。





「ナマエ!大丈夫か?!何があったんだ・・・」
「ん・・・兄さん?ジャーファルも、みんな、いる・・・」

ぼんやりとする頭でそう呟けば、周りのみんなの表情が安心したように笑顔になった。

「よかった、突然姿が見えなくなってどうしたかと思ったんだ・・・。何があったんだ?一体」
「私、迷宮にはいってしまって・・・そうだ!紅炎は?!」

迷宮で出会った青年と、一緒にジンのいる部屋に何とか辿り着いたまではよかったが、地上に飛ばされるときにバラバラになってしまったらしい。慌てて名前を読んだ自分に、応えるように手を伸ばして『ナマエ』と焦ったように呼んでくれた声が耳の奥に残っていた。

「紅炎?倒れていたのはお前だけだぞ」
「辺りをくまなく探しましたが誰も居ませんでした。それより、迷宮に迷い込んでいたなんて・・・、怪我はありませんか?!」

心配そうなジャーファルの言葉に、ナマエは無言で頷いて見せる。どこか寂しい気持ちになりながら、あたりを見渡せば、ぽんッと優しく頭を撫でられた。

「何はともあれ、無事でよかった。あんまり心配をかけるなよ」
「シンドバッド兄さん・・・」

困ったように笑うシンドバッドに、ナマエも黙ってうなずく。しゅんとして「ごめんなさい」と謝ればヒナホホが宥める様に大きな手で背中を撫でてくれた。

「無事ならいいんだ。さ、野営地に戻ろう、ルルムが飯を作って待っているはずだ」
「そうだな。ナマエ、立てるか?」
「うん」

立ち上がるために、差し出されたシンドバッドの手が最後にみた紅炎の手のひらと重なる。あの時あの手を掴めていたら、もしかしたら彼と一緒に戻ってこれたかもしれないと思うと、なぜだか胸が締め付けられた。

「・・・兄さん、私会いたい人がいる、かも。迷宮でお世話になったの。いつかまた会えるかな・・・」
「ん?あぁ、きっと会えるさ。ナマエがそう望んでいればな」
「そうだよね、うん。いつかきっと探して見せる。会って、お礼をいわなくっちゃ・・・」

そう笑って見せればシンドバッドも、「そうだな」と微笑んだ。

この数年後、『紅炎』の正体を知ったシンドバッド達が会いに行こうとするナマエを必死に引き留める事になる事を、まだ誰も知らない。



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