企画 | ナノ

似たもの同士・前編

ぴたりと身体を壁に押し付けて、ナマエはごくりと息を飲み込む。動揺を知らせまいと歯を噛みしめながらも口元には曖昧な笑みを浮かべたところで、たんっと軽い音を立てて、大きな無骨な手が顔の横に打ち付けられた。
ふるりと体を襲うのは、悪寒である。
背筋に冷たい汗が流れるのを感じて、ナマエは逃げ道を探すようにチラリと手を置かれた反対の方向を見やるが、それを許さない低い声が鼓膜を揺らした。

「ナマエ殿、先日のお話し考えて頂けましたか?」

聞く者によっては、素敵な声だと評するものもいるかもしれないが、ナマエにとってはどこか粘着質な猫なで声にしか聞こえない。自信にあふれた表情でじっとこちらを見つめる青い瞳に、曖昧な笑みを返しながら、ナマエは胸中で誰か助けてほしいと、冷や汗をかいていた。

十日程前からシンドリアに滞在しているこの青年はと、ある西国の外交大使である。彼の国はまだシンドリアとは国交もあまりないので、今後の貿易と国交の強化の為に、派遣されてきたらしい。シンドバッドとの謁見を求めて王宮に滞在する青年が、廊下を歩くナマエを偶然見かけ、酷く気に入られて口説いてきたのが数日前。他国の大使相手ともあって、手荒な対応をするわけにも行かず、やんわりと断りの言葉を述べてその場を離れたのだが、彼は諦めてはいなかったらしい。
その後は、青年と鉢合わないように慎重に気配を消して過ごしていたのが、ついに今日再び遭遇してしまった。彼はナマエを見つけると嬉しそうに近寄ってきて、周りを気にすることなく壁際へとナマエを追いつめて再び言い寄ってきたのだ。

断られる訳がないと自信満々に笑う青年に対して、相手から距離を取る様に、やんわりと体を押し返しながら両手をふるふると胸の前で振った。

「そ、れは・・・、あの場ですぐにお断りしたはずです・・・、私はこの国を離れるつもりはありません。閣下の申し出は嬉しいですが、どうぞお聞き届け・・・」

「下さい」と続くはずの言葉は、相手がぎゅっとナマエの手を握りこんできたことで途切れる。触れられたところから伝わる熱に、ぞわりと一瞬で鳥肌が立つのを感じて、思わず悲鳴に似た声が喉の奥から漏れそうになって口をつぐん為だ。

「いいえ、『はい』と頷いて頂けるまで諦めません。どうか私の妻になってください」
「そんな・・・閣下は既に結婚しておいでだと伺っています。ですから・・・」
「私の国は妻を三人まで持つことを認められていますから。ナマエ殿には第二夫人になって頂きたいのです。もちろん生活に不自由などさせません。この国よりもずっと素晴らしい暮しをお約束します」

さらりと笑顔で言われた言葉に、ナマエは更に顔を引き攣らせる。もともと申し出に頷くつもりなど毛頭なかったが、もっと気持ちが遠のくのを感じて、力任せに手を振り払おうとするのだが、強く握られた手は振りほどけなかった。

「わ、私・・・その・・・恋人がいるんです。ですから・・・」
「・・・どんな男ですか?決闘を申し込んで、力ずくでも貴女をもらい受けます」

その言葉に、ナマエはギュッと唇を引き結ぶ。もし本当に彼が決闘を申し込んだとしてもシンドバッドが負けるとはとても思えない。だがそれ以上に、彼の中で自分の意思など関係無いにも等しいのだと思うとどこか悔しくてナマエは睨み上げる様に視線を強くした時だった。

「決闘とは穏やかではないな」

低いけれどもよく通る声に、目の前の青年は邪魔が入ったと言う様に苛ついた視線を向けたが、すぐにその顔を青褪めさせる。廊下の向こうから現れたのは見上げるほどの身長と、龍の様な姿をしたドラコーンだった。
ゆっくりと、しかし重量のありそうな足音を立てながら、ドラコーンが近づいてくる。彼が近づくごとに、握られた手の力が段々と弱くなるを感じて、ナマエはチャンスとばかりにその手を振りほどいた。
しかし、すでに青年はそんなことはどうでもいいのか、ナマエの方をちらりとも見ずに、ドラコーンの姿をどこか怯える様に見つめている。

「それで、誰と決闘をするのだ?」
「へっ?・・・いや、それは・・・」
「決闘を申し込むとなると、よほどの理由があるのだろう。もしこの国の者に耐えがたいことをされたというのであれば、私がまず話を聞こう。事情を聞いたうえで妥当性があれば、それ相応の手続きを取って場を整えよう」

鋭い瞳で射抜かれるように見つめられた青年は、慌てたように背筋をただすと、「何もありません、そんなことは望みませんから」と尻すぼみに声を小さくして、後ずさった。

「閣下。私は閣下の申し出をお受けすることはできません。納得いただけないのであれば、私が決闘をお受けします」
「っ・・・、わかり、ました・・・。では私はこれで失礼しますっ」

さっと一瞬、顔を赤くしたがすぐに状況を思い出したのか、踵を返して青年は足早に立ち去って行った。その足音が聞こえなくなったところで、ナマエはドラコーンに向き直ると深々と頭を下げた。

「助けていただいてありがとうございました。本当に助かりました・・・」
「私は大したことはしていない。・・・それより、大丈夫なのか?随分と言い寄られていたが・・・」
「大丈夫です。ここまではっきりとお断り出来ましたから・・・」

これでもなお、自分に言い寄るとしたら、それはそれで素晴らしい根性と性格の持ち主だろう。そう笑えば、ドラコーンは腕を組みながらコクリと頷いた。

「ふむ。まぁ何かあったら、必ず誰かに相談をしたほうがいい。ナマエの為ならば、骨身を惜しまずに力になる人間がたくさんいる。・・・頼られないと、周りも寂しいものだぞ」
「え・・・?」

どこか含んだ様な物言いに、不思議そうに首を傾げて見せれば、ドラコーンの指先が何かを指し示すように、ドラコーンがやってきた廊下の曲がり角の方を向いた。そこには、ほんの少しではあるが、深い紫の髪色が見えていて、見間違えることのないその色に、ナマエは目を見開く。
先ほどのやり取りをシンドバッドは聞いていた。
驚きのあまりに、固まっているとドラコーンが腰を折って耳元にこっそりと「王にも頼ってやれ」と囁いてくる。

「・・・ご忠告、ありがとうございました。今後も何かあればすぐに相談します」
「あぁ、ではこれで失礼する」

そういってドラコーンが踵を返した瞬間には、紫の影も姿を消していた。

「・・・・今夜、きちんと話さなくちゃ・・・」

シンドバッドの事だから、もしかしたらやきもちを焼いて機嫌を悪くしているかもしれない。彼の機嫌を直すことを考えるだけで少しだけ気が重たくなって、ナマエは小さく溜息を吐いた。



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