夏の影の中
燦々と照り付ける太陽の強さに、「あつい」と隣から声があがる。苦笑を浮かべながら視線をおとせば、一番幼い末娘が眉根を寄せて首元の着物をはだけさせようと格闘していた。
「いけませんよ、紅華。着崩れてしまいます」
「でもあついの、これイヤ・・・」
いやいやと首を振って駄々をこねる紅華に合わせて、肩より少し伸びた髪が揺れる。幼い子供特有の細く柔らかい髪は、汗でしっとりと濡れていてナマエは持っていた手拭いで首元と額の汗をぬぐってやった。
「あらあらすごい汗、やっぱりお部屋に戻りましょう。熱当たりを起こしたら大変ですから」
「・・・だめ、雪おにいさまたちといっしょ」
大きな日傘の下にいるとはいえ、夏の盛りの今気温だけでも大分高い。幼い紅華のために、冷たい飲み物やなども用意されているがそれでも心配になってナマエは屋内に戻ろうと、抱き上げようとするのだが当の紅華はぷいっと顔を背けてしまった。
一番幼い紅華だが、実は兄妹のなかで一番頑固だということをナマエは知っている。こうと決めたら絶対に譲らない強情さがあって、紅炎もナマエも度々手を焼かされていた。
今日は、紅雪と紅凛がそろって武術の稽古をしており、楽しそうに生き生きと剣をふるう2人の姿を見たいと聞かなかったため、こうして炎天下の中二人で見学をしているのだ。
「でも、父上も『無理はしてならない』と仰っていましたよ。具合が悪くなったらきっと紅華をお叱りになります」
その言葉に、紅華の眉がへたりと下がるのを見て、ナマエは思わず口元が緩むのが抑えられなかった。
紅凛と、紅雪はどちらかといえばナマエに懐いていたが、紅華は紅炎が大好きだった。もちろん、ナマエのことも大好きだと公言しているし甘えてくるのだが、父である紅炎のことはそれ以上に好きなのだ。どれくらいかというと、紅炎がそばに居るだけで紅華から幸せオーラがまき散らされる位には大好きだった。ある意味、自分に一番似ているとナマエが感心してしまうくらい紅炎を慕う彼女にとって、『父親に叱られる』という言葉はかなり効いたらしい。少し俯いてどうすべきか悩む様子に、ナマエは苦笑を浮かべながら頭を撫でてやった。
「紅華、お腹が空きませんか?これから私と一緒に紅凛たちのおやつを作りに戻りましょう。おやつが準備できたらまた此処に戻ってきてみんなで食べるというのはどうかしら」
「うんっ」
ナマエの提案に、ぱぁぁと花が咲くように笑顔になった紅華がぴょんっと勢いよく立ち上がる。
「ははうえ、はやく!」
先ほどとは打って変わって、手を引く紅華にナマエはくすくすと笑いながら歩き出した。
※
「冷たい!美味しいです、母上」
「ふふ、それは紅華が盛り付けしたんですよ。ね、紅華?」
「はい!凛おねえさまは いちごがおすきだったでしょ?」
「ありがとう!紅華」
紅凛の前にあるのは、赤いイチゴが盛られたかき氷だ。ナマエが魔法で水を凍らせて、風魔法で粉々に砕いて氷の様にしたもの上に果物と、甘い糖蜜を掛けたおやつは、身体を動かした二人におおいに喜ばれた。
ニコニコと笑う紅凛の横で、ぱくぱくと勢いよく口に運ぶ紅雪に紅華が目を輝かせて身を乗り出す。
「雪おにいさま、おいしい?」
「あぁ、すっごく美味しいよ。ありがとう、紅華」
紅炎そっくりの顔で微笑んだ紅雪に、紅華が嬉しそうに抱き付いた。
「あ!紅雪ばかりずるいです。ほら、紅華、姉さまにもぎゅーってして」
そういって子犬のようにじゃれつく子供たちに、ナマエは眩しいものを見る様に目を細める。幸せという物がギュッと詰まったその光景に胸が一杯になっていたところで、「ナマエ」と愛しい人の声が聞こえて、ナマエは弾けるように視線を向けた。
「ちちうえ!」
「紅炎様」
重なった紅華とナマエの声に、紅炎の眦が下がる。大股で近づいてきた紅炎は、四人で座る傍まで来ると、「何をしているんだ?」と首を傾げた。
「私たちは休憩をしています。今日は紅雪と剣の稽古をしていたので」
紅凛の言葉に、紅雪がずいっと傍らに置いた模擬刀を掲げて見せた。
「そうか、それで紅華は・・・」
「ははうえと おやつをつくりました!ほら、かきごおり」
頬を上気させて、器が見える様にと待ちあげた紅華に、紅炎が優しく頭を撫でてやる。
「紅炎様こそ、どうしてこちらに?お仕事は・・・」
「紅明に任せてきた。問題ない」
その言葉に、最近よくこうして、弟である紅明に仕事を押し付けていることを知っているナマエは、困ったように笑みを浮かべる。紅明には申し訳ないが、紅炎と過ごす時間が増えるのは素直に嬉しいので、紅炎を諌めることはせずに曖昧に笑うにとどめた。
どかりと、ナマエの隣に腰を下ろした紅炎に、早速紅華が膝に乗ろうとそばに寄る。心得たといわんばかりに、紅炎は片手で紅華を抱き上げると膝に乗せた。
「ちちうえ、これ、紅華が ははうえと つくりました!はいっ」
食べてと言わんばかりに、匙に盛ったかき氷を差し出す紅華に、紅炎も素直に口を開ける。「おいしいですか?」と目を輝かせて首をかしげた紅華に、紅炎が笑顔で頷いた。
「よかったわね、紅華」
「はいっ。ちちうえ、もっとめしあがりますか?」
「もう十分だ。紅華がたべるといい」
その言葉に嬉しそうにうなずいた後、拙い手つきでかき氷を頬張り始めた紅華に、ナマエと紅炎は目を見合わせて、微笑んだ。