企画 | ナノ

盗み聞き

静かに、慣れた様子でお気に入りのお茶を口に運ぶ紅凛にナマエもいつになく穏やかな気持ちで、それを見つめる。時の流れとは早いもので、幼い手つきでままごとのように茶器を扱っていたのがほんのこないだのように思うのに、いつの間にか娘は大きく立派に成長していた。
艶やかに伸びた赤みを帯びた黒髪に、キラキラとした好奇心に満ちた瞳は生命力にあふれている。周りの者たちは自分によく似ていると口をそろえて言うがこうしてみると、紅凛は紅炎によく似ていると思う。そのはっきりとした気性も自分よりも父親譲りだ。

「それで、母上にお話しがあるのです。」
「あぁ、そうだったわね。改まって、どうしたの?」

こうして紅凛とお茶を共にしているのは珍しく彼女から話があるとお願いされていたためだ。普段から二人でお茶をすることなど珍しいことではないのに改まってお願いされるということは何か特別な話があるに違いないと、ナマエは茶器を置いて真っ直ぐと紅凛をみつめた。

「あの、私も来年で十六です。母上も同じ頃に嫁いだと聞いております。だから、私もそろそろ、お話があるのではないですか?」
「十六・・・・、そうもうそんな年になるのね」

恥ずかしそうに目元を赤く染めた紅凛がつむいだ言葉に、ナマエはほんの少し感動したように息をのむ。確かに自分が紅徳皇帝に嫁いだのも娘と同じ頃だった。

「確かに、私は貴女と同じ頃に嫁いだけれど、それは国同士の結びつきの為。いわば政略結婚だったの。貴女は別にそんな事をしなくてもいいのよ。」
「で、でも・・・、父上はそうお考えになっていないかもしれません。だって、今他方に嫁いでいる叔母上たちの縁談もすべて父上がお決めになったのでしょう?私のことも同じようにお考えなのかもしれません・・・」

不安げに俯く紅凛にナマエはクスリと思わず笑みを零してしまう。

「母上?」
「ごめんなさい、笑ったりして・・・。でも紅炎様に限ってそんなことはないと思うけれど・・・。直接聞いてみたらどう?」
「そんなの・・・っ!恥ずかしくて、できません・・・」

紅炎が娘たちを可愛がっているのは周知の事実だ。むしろ紅凛達が危惧すべきなのは嫁がされることではなく、紅炎の妨害によって婚期が遅くなってしまうかもしれないということだ。
東の大国として名を馳せた煌帝国の第一皇女である紅凛に舞い込む縁談は、生まれた時から星の数ほどある物の、そのすべてを無言で握りつぶしたのは紅炎だ。くだらないと、一笑に付したがその眼はいつになく真剣だったのを覚えている。
そんな紅炎が、紅凛の縁談をすすんで取り付ける訳もないとナマエは確信しているのだが、紅凛はそうではないらしい。

「どうして恥ずかしいの?」
「だ、だって、父上はお忙しそうですし・・・それに、こんな事、父上には気軽にお話しできません・・・」

少しすねた様子で、視線を逸らした紅凛の頭を優しくひと撫ですると、ナマエは柔らかく微笑んだ。
嘗ての自分にも覚えがある、父親へのある種の気恥ずかしさに懐かしくなりながら、不安げに揺れる瞳を見つめる。

「じゃあ、私が代わりに聞いてみましょう。紅凛はそれを影から聞いているというのはどうかしら?」
「はい!それでお願いします・・・!」
「わかったわ。じゃあ、明日の夕刻、蓮池の東屋で紅炎様に尋ねてみます」

緊張した面持ちで頷く紅凛にもう一度胸の中でこっそりと笑みを零しながらナマエは残ったお茶を喉に流し込んだ。



「それで、話とは?」

突然の誘いにも関わらず紅炎は時間をとってくれた。紅凛と約束した通りの時間と場所で待ち合わせると紅炎はさっそく不思議そうに尋ねてくる。確かに、自分がこうして紅炎を呼び出すことなど滅多にないので紅炎が不思議に思うのも当然だった。

「あの、紅凛のことなのですが・・・?」
「紅凛がどうかしたのか?」
「あの子の縁談のことです」
「・・・縁談?」

その言葉に、ぐっと眉の間に皺が深く刻まれるのが見て取れてナマエはやはりと自分の予想は外れていないとナマエは思わず笑みが零れそうになるのを必死に堪えた。

「えぇ、あの子ももう十六になりますし、そろそろそういった話が来る頃かと思いまして・・・。」
「・・・来てはいる」

重く、苦々しいというように吐かれた言葉にナマエが無言で後を促せば紅炎はさも嫌なことを言う様に顔を盛大にしかめて見せた。

「だが、紅凛には早すぎる。それにあれに見合う気概のある者もいない」
「ですが、私も同じ頃に・・・」
「紅凛は利発な娘だ。それに見合う人間かどうかしっかり見極める必要がある。お前が心配せずとも、俺がちゃんと時期をみて見極める」
「そう、ですか・・・」

有無を言わせない言葉に、ナマエはそれ以上話ができずにこくりと頷く。もう、話しは終わりだという雰囲気を出す紅炎に慌てて「待ってください」と声を上げた。

「あの、ではいつか紅炎の望む方に紅凛を嫁がせるのですか?」

紅炎はその言葉に一瞬驚いたように目を見開くと少し考えるように視線をめぐらせた。
おそらく今の答えではこっそりと陰で聞いている紅凛を安心させるものではない。紅炎の真意を聞きたくて尋ねれば彼は少し悩んだあとふと笑みを浮かべた。

「紅凛にもし誰か意中の者がいるのなら、一考する。あれは出来た娘だ、ちゃんと見極める目も持っている」
「そうですか。」

その言葉に安心したように微笑めば紅炎が不思議そうに首をかしげる。「どうした?」と尋ねてくる紅炎にナマエは笑顔のままなんでもないというように首を振った。


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