内緒事
ふわりと花の香が柔らかい風に乗って、そこにいる全ての者たちを楽しませる。
穏やかに笑う少女とまだ幼さの残る少年。一目で姉弟とわかる似たような顔立ちの二人が目じりを下げて顔を突き合わせて覗き込んでいるのは柔らかな布団が敷き詰められた、大きな籠の中だ。そこに寝かされたまだまだ生まれたばかりの赤ん坊を覗き込んで時折指で柔らかな頬を突っついては、楽しそうに話しかけている。
「紅華、紅華。お姉さまですよー。ふにふにの頬が、なんて可愛いのかしら!」
「僕は兄上ですよっ、あ、見てください指を握りました」
くすくすと笑う2人を見ながら、ナマエも思わず目じりを下げて口元を緩める。自らの三人の子が楽しげにする姿はとても可愛らしくとても暖かな気持ちが心に溢れてきた。
「母上、母上!見てください紅華が笑いました」
「まぁ、本当に。ふふ、紅炎様が悔しがりますね。紅華の初めての笑顔を紅雪と紅凛にとられたと」
「どうして父上が悔しがるのですか?」
にこりと、どうみても笑顔ととれる表情でまん丸の赤い瞳を覗かせた赤ん坊の姿に、ナマエはわずかに驚いたように目を見開くとクスリと笑う。きっとこの事を紅炎に伝えれば、無言で少しだけ機嫌を悪くさせるだろうことが簡単に想像がついて、困ったように笑って見せた。
そんなナマエの言葉に紅凛が不思議そうに顔を上げて首をかしげるので、ナマエはさらりと彼女の頭をなでながら懐かしそうに眼を細める。
「紅凛が生まれたとき、初めて貴女が笑ったのは紅炎様が腕に抱いていた時だったの」
「私が・・・」
「そうよ、それをみて紅炎様がとても嬉しそうにしていらしたの」
自分の知らない話に、紅凛の頬がほわりと恥ずかしそうに紅潮する。彼女の表情には嬉しさとほんの少しの恥ずかしさが浮かんでいて、ナマエは笑みが零れるのが止められなかった。
「姉上が初めて笑いかけたのは父上なのですね!」
「もうっ、紅雪!」
からかうように紅雪が笑うと、ぷくりと頬を膨らませて紅凛が声を上げた。
「ふふっ、それなら紅雪も同じなのよ。あなたも父上の腕の中で初めて笑ったの」
「・・・えっ?!」
びっくりしたような紅雪の顔がこちらを向いてナマエは紅炎によく似た切れ長の瞳をじっと見つめた。
「あの時も、こうして紅凛と庭に出て遊んでいたの。そうしたら偶然紅炎様が通り掛かって、貴方を腕に抱き上げたら・・・」
「抱き上げたら・・・?」
「貴方は突然でびっくりしたのか少しだけ泣き出してしまって・・・。慌てて紅炎様が腕の中で揺すったら、にっこりと笑ったの」
「ふふ、紅雪ってば小さいころから泣き虫なのね」
「ぼ、僕は覚えてません・・・!」
すぐに涙がこぼれそうになってしまう事を少しだけ気にしているらしい紅雪が、顔を赤くして慌てたように首をぶんぶんと振った。
「紅炎様が二人の笑顔を初めて見られたんですもの。紅華が今日笑ったとそう知ったらきっと悔しがります」
「なら、父上には内緒にしておきましょうよ。そうすれば、今度は紅華も父上の腕の中で笑うかもしれません!」
名案というように笑った紅凛の後ろに、愛しい姿が近づいてくるのが見えてナマエは目を細めて口元に指を置く。内緒ですよと言う様に、二人に目配せすれば二人も察したのか楽しそうにニコリと笑って頷いた。
少しも経たぬうちに草を踏みしめる音が聞こえてきて、ナマエはさも今気づいたと言う様に顔を上げてふわりと微笑んだ。
「ナマエ、外に出ても大丈夫なのか?」
「はい、もうお医者様にも良いと太鼓判を押していただきました」
「父上、ほら、紅華もとってもご機嫌なのです。抱っこしてあげて下さい」
紅凛が、小さな手を宙に彷徨わせて何かを探すように動かす紅華の姿を見せると紅炎が楽しそうに目を細める。
「そうか」と頷いて、紅華を抱き上げるしぐさは、もうとても慣れた手つきで危ういところは一つもない。
片腕に白い包みで巻かれた紅華が収まって、小さく揺らす姿に紅凛と紅雪も立ち上がって紅炎の腕の中を覗き込んだ。
「あっ!笑った・・・っ」
「父上、紅華がま、・・・初めて笑いました!」
ぱぁっと同じように無邪気な笑みを浮かべて、紅炎を見上げた2人を紅炎も嬉しそうに見下ろすと無言でうなずく。
大きな無骨な手が、するりと赤子の額をなでた後、二人の子供の頭も優しく撫でて、最後にナマエに向かって差し出された手に、そっとナマエも自分の手を重ねるとぐいっと力強く引き上げられてその腕の中に抱き込まれた。
言葉なく、ただ優しく抱き寄せる紅炎にナマエも少しだけ体を紅炎に甘えるように預ける。
紅炎の気持ちが、ジワリと滲んで沁みていくように、胸が、体が幸せで熱くなって、ナマエは少しだけ滲みそうになる涙をぐっと我慢して溢れる思いのまま紅炎に笑いかけた。