企画 | ナノ

お酒と本音

ちっ、と鋭く放たれた舌打ちにナマエは苦笑を浮かべながら隣にいたヤムライハに視線を向ける。綺麗な顔にはっきりとした苛立ちを浮かべた彼女は、じっと一点を憎々しげに見つめていて、その視線の鋭さには苦笑を浮かべるしかない。

「・・・ヤム」
「王ったら・・・!」

落ち着いてと言う様にかけた言葉に返された言葉に、ナマエは胸の中で溜息をつきながら、ヤムライハの視線の先に顔を向けた。
そこにいたのは我らが王である、シンドバッド。と、小さな女性の姿だ。
此方に背を向けている為に女性の姿は見えないが、着ている物から見て城に勤める侍女の一人である事は間違いなさそうだ。シンドバッドとの身長差を見てもまだまだ少女を抜けきらない年齢である事が窺える。
別にシンドバッドが侍女と話す事は珍しくないし、其れは別に問題でも何でもないのだが、ヤムライハが怒りを湛えているのは彼らの状況にあった。

少女は小さな身体をさらに小さく丸めて、シンドバッドに何かを手渡していて、シンドバッドも困ったように笑いながらもそれを受け取る。遠目からでよく見えないが沢山の色が見えた気がしたので恐らく花束の類だろう其れを受け取ったシンドバッドはにこりと綺麗に微笑んで彼女に笑いかけていた。恥ずかしそうに俯いた少女の肩にシンドバッドが手を掛けた瞬間、ふわっとまるで風に飛ばされた様に少女の身体がシンドバッドの方に倒れ込んで、其れをシンドバッドが危なげも無く受け止める。見ようによってはシンドバッドが抱き寄せた様に見えるその様子に、さすがのナマエも冷たい物が心の中に流れ込んだ。

「っシ・・・」
「ヤム!」

シンドバッドへの怒号を発しようとしたヤムライハを慌てて押し込めて、ナマエは急いでその場から腕を引いて移動する。シンドバッド達との距離はかなり離れていたので、此方の存在は彼らには気付かれていない。つまり、覗き見をしていた様な物だ。其れを知られてしまうのは、どうにも気まずくてナマエは騒ぐヤムライハを宥めながらシンドバッド達の姿が見える廊下から引っ張りだした。

「っナマエ!どうして止めるの?!此処はガツンと・・・」
「いいのっ、あれはきっと偶然だもの・・・。だから、そんなに怒らなくても・・・」
「あの子は!」

くわっと、鋭い剣幕で此方を向いたヤムライハにナマエは思わず背を仰け反らして身を引いた。

「あの子は、シンドバッド王の事が好きだって公言している有名な子なのよ?!」
「・・・でも、誰かを好きな気持ちは自由だし・・・。それにあれはシンの所為じゃないと思うし・・・」

先ほどの光景が頭の中をぐるぐると回るが、其れを押しとどめてナマエはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。小さな身体を受け止めたシンドバッドの腕と、彼女を見つめる笑顔にぎゅうっと胸が締め付けられた。

「もう!ナマエは怒っていいのよ?!ナマエって言う恋人がいるのに他の女性と二人きりで親しげに話しているなんて・・・!しかも、あんなふうに優しくしたりして!」

その言葉に、ナマエは曖昧に笑って見せる。確かに、ヤムライハの言葉を素直に受け取れば酷い仕打ちだとも思うが、彼女とシンドバッドとの会話が聞こえなかったのでどんな話がされていたのかも分からないのだ。もしかしたら仕事の話かもしれないし、愛の告白だったかもしれない。それに、もし倒れそうな彼女を受け止めることも無く何もせずに放っておいたら、国民を家族の様に思っていると常から話しているシンドバッドの方が問題だ。
不安に揺れる胸中を押しとどめて、無理に笑顔を浮かべると「落ちついて、ヤム」と隣で毛を逆立てんばかりに怒るヤムライハを宥めた。

「シンにも話を聞いてみないと・・・。もしかしたら、何か仕事の事だったかもしれないし、此処で怒ったってしょうがないよ。」
「そんな事!」
「それに、別にシンは悪い事していないじゃない?これであの人に手を出していたっていうなら話は違うけど・・・」

自分で口にして置いて、その言葉の内容に胃が縮む様な思いに、ナマエは一度ふるりと身体を震わせた。もし、彼の瞳に別の女性が映っていたら、あの優しい甘い声で他の誰かに愛を囁いていたらと想像して、一気に心が冷えて行った。

「・・・ナマエ?だいじょうぶ?」
「あ、うん。ごめん、考えごとしてた・・・」

突然黙り込んだナマエを心配するようにヤムライハが顔を覗きこんでくる。気遣うような瞳に、なんでもないと笑うとその腕を引いて再び歩き出した。

「さっ、もう行こう。久しぶりにご飯を食べに行くんでしょ?ちょっと早いけど行っちゃおうよ」
「・・・そうね。偶にはこういうのもいいかもね。ピスティも誘って行きましょうか」

此方の笑顔につられたように、笑ったヤムライハに頷いて見せるとナマエは先ほどの光景を頭の隅に追いやって、ピスティがいるであろう中庭に向かって歩き出した。





久しぶりの食事はとても楽しくて、ナマエはピスティに進められるままにお酒を飲んでしまった。いつもなら、自制が効くのに今日に限っては先ほどの見た光景を忘れ様とするかのようにお酒を飲み過ぎてしまう。こんなナマエは珍しいと、ピスティが驚いていたのでヤムライハが苛立ちながらも先ほどの事を説明するとピスティは「なるほど」と頷きながら、にっこりと笑った。

「つまり!ナマエは嫉妬してるわけだ」
「え?」
「だから、王サマとその子が二人で話してるのがイヤだったんでしょう?」
「イヤってわけじゃ・・・」

「ない」とはいえずに口ごもれば、ピスティが可笑しそうにクスクスと笑う。

「王サマに、それ伝えてあげれば?すっごい喜ぶと思うけど」
「まさか!」
「いやいや、いっつも王サマばっかり嫉妬してるから、ナマエから嫉妬されたなんて知ったら、すっごい喜ぶと思うよ」

別にシンドバッドと他の女性の仲を嫉妬するのは初めてではない。ただ、其れを周りに知られないように、ぐっと自分の中に溜めこんでいただけだ。こんな醜い、面倒な感情を曝け出したら、シンドバッドに嫌われてしまうのではないかと不安だったので、誰にも伝えてこなかった。
そう俯きながら、呟けばピスティが何かを見越したような笑みを浮かべて「そうだねぇ」と優しい声をだす。

「みんなそのあたりは不安になるよね。でも、言葉に出さないと伝わらないよ?我慢するだけが恋愛じゃないと思うけどね」
「ピスティ・・・」
「まぁ、機会があったら言ってごらんよ。きっと悪いようにはならないからさ」
「そう・・・なのかな・・・」

その言葉に、ナマエは手に持っていたお酒の器をぎゅっと握るとコクリと頷いて見せる。その様子にまた息を漏らす様に笑ったピスティが優しく頭を撫でてくれた。

「大丈夫、王サマはナマエの事が大好きだから。自信をもってね」
「・・・ありがとう」

ピスティの言葉がじんわりと身にしみてナマエは漸くいつもの様な自然な笑みを浮かべる事が出来た。

「・・・ピスティってどうしてそんなに人の気持ちに詳しいの?」
「そりゃあ、ヤム達に比べると恋愛経験豊富ですから!・・・ヤムも!研究ばっかしてないでちゃーんと良い人見つけなきゃだめだよ!女は恋をすると綺麗になるんだから」
「う・・・っ。そりゃあ、出来ればしたいけど・・・でも・・・」
「ってことで、今度文官の人と一緒にご飯に行こう!セッティング頼まれているんだー」

いつもの調子で笑いだしたピスティに、ヤムライハが慌てたように顔を赤くして首を振るのが見て、ナマエは今度こそ声をあげて笑ってみせた。





最終的にはとても楽しくお酒を飲んだ後、ナマエ達はふわふわとした心地いい酔いを感じながら紫獅塔へと戻ってきた。それぞれの部屋の前で別れたあと、ナマエも己の部屋に入ろうとした所で、シンドバッドに呼び止められて驚きで身体を跳ねさせる。どうやら、仕事終わりであるらしいシンドバッドに偶然かち合ってしまったようで、ナマエはいつものように笑いかけてくるシンドバッドに、緊張に身を固めた。

「やぁ、ナマエは食事の帰りか?・・・酒の匂いが少しするな」
「あ・・、ヤム達と食事に行ったので・・・。それで偶にはお酒を飲もうかとおもって」

別に悪い事をしているわけではないのだが、シンドバッドは自分のいない場所でナマエが酒を飲むことを嫌がるので、慌てて女の子のみで呑んでいたのだと弁明のように口にするとシンドバッドが「そうか」と笑う。

「なら、俺とも偶には呑まないか?部屋で一緒に」
「はい。もちろん」

その誘いに笑顔で頷いて、差し出された手を握ると優しく手を引かれて部屋に連れていかれた。
いつもの見慣れたシンドバッドの部屋の、大きな広いソファの近くに置かれた机の上に、既にお酒が用意されている。シンドバッドはいそいそと嬉しそうにその前に座って酒瓶を傾けるとおいてあったゴブレットに注いでいくと、並々と赤紫色の液体で満たされたゴブレットを差し出してきた。それを受け取ると小さく乾杯をして、口を付ける。上質の葡萄酒の咽かえるような芳香が鼻に抜けて、ナマエはほぅっと息を吐いた。

「美味しいお酒ですね」
「だろう?さぁ、どんどん飲むといい」

既にピスティ達と沢山お酒を飲んでいたので、ナマエが限界を迎えたのは直ぐだった。だんだんとまともな思考が紡げなくなり、言葉が回らなくなるのが自分でもわかる。これはまずいと、頭の中で警笛がなるのだがシンドバッドに進められるままに酒を口に運んでしまった。
あっという間に、力が入らなくなったナマエの身体を巧みに導いてシンドバッドに寄り掛かるようにすると、柔らかい身体をぎゅっと抱き寄せようとする。
その瞬間に、少女を受け止めたシンドバッドの姿が脳裏によぎって、ナマエは今まで為すがままになっていたのが嘘の様に、素早い動作でシンドバッドに体当たりするように抱きつく。その力一杯の不意打ちを食らったシンドバッドは呆気なくソファの上に倒れ込んだ。

「ナマエ?」

まるでシンドバッドを押し倒したかの様な格好に、シンドバッドが目を丸くしている。その手から落ちたゴブレットが床に落ちる音がするが、そんな事を構う余裕もなくナマエはシンドバッドの上で身体を起こし、彼を見下ろす様な格好でキッと眼差しを鋭くしてシンドバッドを見つめた。

「シン!」
「な、なんだ。急にどうしたんだ?」
「私、今日見てました。シンが侍女の女の子と楽しそうに話をするの!」

その言葉に、シンドバッドが目に見えて慌てるのを見て、ナマエはさらに感情が高ぶるのを感じた。

「そ、それはだな・・・別に大したことでは無くて・・・」
「いいんです、シンが皆に好かれている事も知っているし、シンが皆の事を大事に思っている事も分かっています!」

纏まらない思考のままに、シンドバッドの言葉を遮るとぎゅっとシンドバッド胸のあたりを握って、首を打ち振った。熱を持った頭が、暴走を続けて口からは心に秘めていた本音がぽろぽろと漏れ出してしまう。

「でも・・、でも・・・、お願いですから他の人を好きにならないで。優しく触らないで。・・・私だけを見ててくれないとイヤです・・・!」

其処まで言いきって、激情に揺れた反動でぽろりと涙が一粒零れてシンドバッドの頬に落ちる。唖然とした表情のままに固まったシンドバッドに見つめられてナマエは漸く自分の発した言葉の意味が理解出来て、かぁっと顔を紅潮させた。

「・・・あ、のっ、その・・・これは・・」
「ナマエ・・・今のは・・・」

茫然とした響きのシンドバッドの声に、一気に正気に戻ったナマエは居ても経っても居られなくなって、あわてて上から飛びのくと部屋の出口へと走っていく。

「っ・・・待つんだ!ナマエっ」
「ご、ごめんなさい・・・!忘れて下さい・・・!」

背後からかけられた言葉に、急いで頭を下げると逃げるように部屋を後にする。自分の部屋に逃げ込みたかったが此処ではシンドバッドに追い詰められてしまうと、頭のどこかで冷静に判断を下して、そのまま紫獅塔の廊下を走り抜けた。幾つかの扉を通り過ぎて、辿り着いた部屋の前で、急いで扉をノックする。今にもシンドバッドが追いかけてくる様な気配を感じてナマエは半泣きになりながら、扉を叩いた。

「ナマエ・・・?!どうしたの?」
「ヤム!遅くにごめんね・・・!あのね、今日ヤムの部屋に泊めてほし・・・」
「ナマエ!待つんだ!」

廊下の先から聞こえてきた声に、身体を跳ねさせるとさっとヤムライハの後ろに隠れた。

「・・・ナマエ、なにがあったの?」
「わ、私、酔った勢いでシンに色々言っちゃって・・・」

シンドバッドの言葉を聞くのが怖くて逃げ出してきたのだと漏らせば、ヤムライハが呆れたように溜息を吐くのが聞こえた。

「逃げてもどうしようもないじゃない・・・」
「でも・・・、咄嗟に逃げちゃったんだもの。どうしよう、シン怒ってるかな?」
「・・・すごい形相で走ってきてはいるわね」

その言葉に、ますます直視する勇気が持てなくてヤムライハの後ろで縮こまるように俯いた。

「とりあえず、部屋の中に入っていて。王とは私が話すから」
「ご、ごめんねヤム」

ぱたんと閉じられた扉の向こうで、シンドバッドと荒い息とヤムライハの冷静な声が聞こえてきてナマエは扉の近くで身体を固めた。

「・・・はぁ、ヤムライハ、ナマエを渡してくれ。早急に話すことがあるんだ」
「王よ、落ち着いて下さい。目が血走ってます」
「俺は落ち着いているさ。大丈夫だ」
「とりあえず、その笑いはやめて下さい。目が本気すぎます」

その後も、幾つか問答をした後にヤムライハは「ナマエと話をしてから、王の部屋に向かわせる」とそうシンドバッドに言い含めて、彼を部屋に戻らせてくれる。疲れた様子で戻ってきたヤムライハに、申し訳のなさで一杯になりなりながら謝れば、彼女はにっこりと笑ってぎゅっと手を握ってきた。

「とりあえず、ぜーんぶ話してくれるかしら。王と何があったのか」

その言葉に、抗える訳も無く「はい」と小さく頷くと、ナマエは穴があれば入りたい様な先ほどの出来事を思い出しながら、羞恥心に項垂れてみせた。



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