企画 | ナノ

逃げ出せない・後編

紅炎を玄関に立たせたままにしておくことも出来ず、ナマエは仕方なしに彼を部屋へと上げる。
一般的な1DKの部屋は、駅から少し遠いものの広めに作られていて気に入っていたのだが、紅炎一人がいるだけで酷く手狭に感じられた。おそらくは彼と過ごす場所はいつだって広く高級な所だった為だろう。小さな机と、ふわふわとしたラグマット、ベッドにテレビといった一人暮らしに最低限必要なものだけを置かれた部屋のなかで、どかりとラグの上に座り込んだ紅炎にナマエは俯きながら「今、お茶をいれます」と小さく呟いて逃げるようにキッチンへと向かった。
もともとあまりコーヒーを飲まない所為で、家に常備してあるのは紅茶かジュースの類だけだ。甘いものは嫌いな紅炎なので、紅茶を淹れてみるが、今度はそれを淹れるカップが無い。仕方なしに、唯一、ソーサーがついた可愛らしい猫を模ったカップに紅茶を注ぐと、お盆の上に乗せて紅炎の前にある小さな机の上に置いた。

「・・・すみません、こんな物しかなくて」

一瞬目を剥いた紅炎にナマエはさらに居た堪れなくなって俯いて下を向く。こないだのパーティーで紅炎と話していたあんな女性であれば、きっともっと素敵なカップで紅炎を持て成すことが出来るだろう。いや、そもそも彼を床に座らせることもしないし、こんな狭い部屋に通すこともないはずだ。
改めて自分との差をまざまざと見せつけられた気がして、ナマエは気持ちがさらに落ち込んでいくのを感じた。

「・・・もう具合は良さそうだな」
「・・・はい。あ、・・・いいえ、その・・・」
「なんだ、まだ具合が悪いのか?」

此処で紅炎に全てを告げてしまおうか、離れたいと思っていること。異動をするか、または辞めたいのだと、そう一言紅炎に告げることが出来れば、この苦しみを味あわせる関係から全て解き放たれる。
それは、今のナマエにとってはとても甘い響きを持っていて、ごくりと唾を飲み込んだ。

「いえ、あの・・・やはり私には仕事が重責すぎるみたいで・・・」

じっと此方の姿を見つめる紅炎の視線を感じながら、ナマエは持っていたお盆をぎゅっと膝の上で握りしめた。

「その・・・体調も安定しない、ので・・部署を異動させていた、だけないかと・・・・」
「・・・どこに?」

低い、感情の見えない声に身体の底から震えあがる。ぎゅっと身の縮む思いを我慢しながら一度ぎゅっと唇を噛みしめると「もとの・・場所が・・・」と絞り出す様に言葉を伝えた。
紅炎は何も言わずにただ黙っていて、ナマエは最後の審判を待つかのような心境で彼の次の言葉を待つ。是というならそれは嬉しい事だし、否と言うのであれば次は退職の事を話さねばならない。気の遠くなるほどに長い沈黙に感じた数分の後、紅炎がおもむろに立ち上がるのが見えてナマエは慌てて視線を彼へと向けた。返事を聞いていないと、そう思ったのだが、目線をあげた先にあった紅炎の瞳を見た瞬間に自分の行動の全てを後悔した。

冷たい怒気と、揺らめく様な情欲が滲んだ瞳は一言で言えば狂気に似た何かがあった。
すっと、伸ばされた手から逃れようと後ろに下がろうとするが狭い部屋ではたいして逃げ場もない。直ぐに腕を掴まれて引き寄せられると、そのまま近くにあったベッドに勢いよく投げられた。たいしてスプリングも利いていない安物のベッドに落とされた身体は少しだけ痛みを感じて顔を顰める。息が詰まって、数秒身体を固めていた所で紅炎が上に覆いかぶさってくるのが見えてナマエは激しく抵抗した。

「いっ・・や・・・!社、ちょぅ・・離してっ・・・」
「黙っていろ」

短く応えられた言葉は酷く固く重たくて、ナマエは身体を震わせる。今まで聞いたことが無い程に位に怒っている紅炎が恐ろしくてナマエは身体を強張らせた。
動かなくなったナマエをしり目に、紅炎は性急にその手を服の中に忍ばせる。今まで何度も触れてきた紅炎の固い指が肌の上を滑る感触に、感情とは反対に身体は反応してしまった。じわりと、熱くなった吐息に紅炎の唇の端がにやりと上がるのが見えて、ナマエはぎゅっと目を閉じて顔を背ける。首筋に紅炎の舌が這う感触がして思わず首を竦めて甘い声が漏れてしまい、ナマエは羞恥心に身体を赤く染めた。
その後も紅炎の手は休まる事がなく、ナマエの身体を暴いていく。何度止めるように懇願しても其れは叶えられる事はなく、精一杯の抵抗も簡単に封じられて、やがて身体を襲う大きな快感に呑まれて頭の芯がぼやける様な感覚に襲われた。お酒を飲んだ時のような酩酊感に似た何かが身体を支配して、自分の体なのに上手く扱えなくなってしまう。
紅炎に翻弄されるままに、身体を弄られて昂られて、ナマエは全身に汗を滴らせて喘いだ。
一番敏感な花芽を押し潰す様に弄られて、頭を打ち振って衝撃に耐える。すぐにでも、昇りつめようとする身体を落ちつけるように大きく息を吸いこもうとすれば、待っていたかのように紅炎に唇を塞がれて、舌を絡められた。

「んっ・・・ふぁ・・しゃ・・ちょ・・・もう、やめ」
「また、それか。・・・もう何も考えるな。黙って快楽におぼれていればいい」
「んっ、あっ・・・あ、・・んっ、やっ、ぁ・・・」

口を離された後も、指で中を弄られてもう言葉も出せずに快楽に呑まれたままだった。
ふと、視線を周りに移せば其処にあるのは、見慣れた自分の部屋だ。見慣れた壁に、机、家具の様子にナマエは頭が混乱して、ぎゅっと唇を噛みしめる。紅炎とはいつも高級なホテルでも逢瀬だった為に、どこか非日常な空気があった。全ては夢という一言で納得してしまいそうになる様な自分とは縁のない世界で、紅炎に抱かれていたのでどこか、他人事の様な気すらしていたのだ。だからこそ、紅炎に惹かれる気持ちも最後の一線を越えること無く、堪える事が出来ていた。でも、今、自分の日常の中で紅炎に抱かれているという事が、ナマエの精神をどんどんと蝕んでいく。まるで本当に恋人のように、自分の部屋で、自分の狭いベッドの上で紅炎の腕に抱かれている事が耐えられないほど辛いのに、身体はいつも以上に悦んでしまっていた。
もう、戻れなくなってしまう。会社にいても、部屋にいてもいつだって紅炎の気配を感じて、一人胸を焦がす様になってしまう。其れはとても苦しい様に思えるのに、それでも今のナマエの気持ちの中には確かに嬉しいという思いが混じっていて、ナマエは思わず瞳から涙を一粒零した。

「・・・何故、泣く」
「あっ、んっ・・・ふっ、あ・・・」

言葉にならずにただ、頭を打ち振るう。うっすらと開いた瞼の先には紅炎の顔があって、先ほどよりも些か柔らかくなった瞳に見つめられてナマエはじわりと目尻を緩めた。

「何も考えるな。・・・俺の傍で俺だけを見ていればいい」

ずん、と熱く指よりもずっと重量感のある紅炎の物が中に挿入されてナマエは、ぐっと背筋を伸ばしてその衝撃に耐える。一瞬で身体を巡る電流に似た熱に唇からも自然と吐息が漏れてしまった。
熱く、甘く熟れた気配は紅炎にも伝わった様で、彼は一層嬉しそうに口元をあげると奥を抉る様に腰を推し進める。何度も膣内(ナカ)を暴く其れがもっと欲しいとナマエは本能のままに、紅炎の足に己の其れを絡めて強請った。

「・・・そうだ。それでいい・・・っ」

紅炎の僅かにあがった吐息が耳に注ぎこまれてナマエの身体は一層煽られて、紅炎を締め付ける。もう何も考えられずに、甘い声を上げ続けていた所で、ナカで感じる紅炎のものが確かに大きくなったのを感じてナマエは頭の端に追いやられていた理性を僅かに取り戻した。

「あっ、んっ―――、だ、だめっ・・・しゃちょ、はぁっ、中に出さな、いで・・・」

今日は危険な日なのだと、ふるふると首を振って紅炎に頼み込むが、彼はその言葉に目を細めた後、一層強く奥を突きあげる。お互いが昇りつめようとしている事を悟った身体が、ナマエの意思を振り切って紅炎を強く締め付けるのを感じてナマエは恐怖と快楽が入り混じった瞳で紅炎を見つめた。
そんなナマエの気持ちを知ってか知らずか、紅炎は一度綺麗に微笑むと、ナマエの腰をぐっと掴み勢いよく突きあげる。幾度か律動した後、最奥で動きを止めた紅炎の物から熱い何かが注がれるのを感じて、ナマエは身体を巡る強烈な快楽に身を捩った。

ほぼ同時に、達したはずなのにいち早く立ち直ったのは紅炎だった。再び硬度を取り戻した自身をそのままナマエの奥へと再び突きあげ始める。
まだ、達した衝撃から抜け出せないナマエは震える腕で紅炎を押し戻そうとするのだが、そんな些細な抵抗などあっても無くても同じものだ。

「・・・ぁ、ぬ・・いて・・っ、ぉ・・ねがっ」
「後、何回か注いだら解放してやる」
「――――んっ、ふぁ・・・やっ、あっ、あっ・・・」
「子供にあまり興味はなかったが・・・お前を繋ぐ枷になるなら何人でも欲しい」

紅炎の言葉が耳に届いているのに、意味を理解する前に頭の中から消えてしまう。
それでも熱に浮かされる頭の中で、確かに紅炎から離れられない鎖に繋がれたのを理解して、ナマエは大きな不安と少なくない喜びを感じながらぎゅっと紅炎に縋りついた。



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