企画 | ナノ

箱庭の蜜月

真夏を過ぎてはいるが残暑が色濃く残る蒸し暑さのなか、ナマエは目の前の企画書に目を通しながらカリカリとペンを走らせた。あと一月後に控えた文化祭、その準備に追われる毎日は忙しくて目まぐるしく過ぎて行く。
ナマエが所属するのは模擬店を行う様な部活ではなく、それらをすべて統括する生徒会だ。それぞれの部活や、有志の団体が提出してくる企画書を見比べながら、不足点が無いか、問題ないかを判断していく。少しでも楽しく、素晴らしい文化祭になる様にと必死で改善点を書き込んでいれば、放課後の限りある時間はあっという間に過ぎて行ってしまう。

「お、精がでるな。まだいたのか」
「・・・シン会長」

がらりとドアを開いて入ってきたのは、生徒会の長であるシンドバッドだった。先ほど、ジャーファル副会長が「会長がさぼっている!」と怒号をあげて追いかけて行ったのを見送った身としては、呑気にアイスを齧りながら現れたシンドバッドに思わず顔を顰めてしまう。
そんなナマエに、すまなそうに笑いながら「悪かったって」と宥めるように頭をぽんぽんと叩いた後、シンドバッドはどかりといつもの定位置に座った。

「・・・会長、こっちの書類に判子を下さい」
「あぁ、こっちもだよな?」
「はい、それはさっき副会長が確認してたので大丈夫です」

シンドバッドが持ち上げた書類を見やってこくりと頷くと、彼は静かに書類を見やった後、最終承認である生徒会印をテンポよく押し始めた。
よく脱走することが多いシンドバッドだが、実際のその能力はとても高い人なのだ。普通の生徒とは違う、リーダーとしてふさわしいカリスマ性と行動力、それに底抜けに明るい性格は学校中から愛されている。かくいうナマエも、入学前に訪れた文化祭で生徒会役員をしていたシンドバッドの姿にあこがれて、この学校を受験し、そして一年生ながらも生徒会を志望したのだ。仕事量が多く、並みの運動部よりも厳しい事で有名な生徒会に入る事を当初友人達には止められたが、入学前から胸に秘めていた思いは変わる事は無かった。常の勉強に加えて、生徒会の仕事をこなすにはそれこそ休日も学校に来て仕事をこなす事も少なくなかった。ただただ、シンドバッド達、先輩役員の足手まというにならないようにと、必死で仕事をこなしていけば一学期が終わる頃には、先輩達にも認められてよく声を掛けて貰えるようになった。
夏休みも毎日の様に学校にきて、生徒会で仕事をするナマエに「お前になら任せられるな」とシンドバッドに笑って肩を叩かれた時のあの嬉しい気持ちは多分一生忘れる事はないだろう。

「・・・もう、文化祭か。一年は早いな。ナマエは初めてだから楽しみだろ?」
「はい。でも、今は無事に開催できるかちょっと不安です」
「ははっ、大丈夫。毎年なんとかなるんだ」

突然掛けられた言葉にナマエは顔をあげて、斜め前の席に座るシンドバッドの顔を見つめる。彼は手元に視線を落したまま器用にアイスを口に加えて判子を押している所だった。

「・・・・文化祭が終わったら、先輩達は引退ですね」
「そうだな、もうそんな時期か」
「・・・シン会長が引退しちゃうなんて、信じられないです」

三年生であるシンドバッド達、最上級生はこの文化祭の仕事を最後に引退してしまう。受験も控えているし、なにより新生徒会への引き継ぎも考えると、この時期に引退せざるを得ないのだ。

「なんだ?俺がいないと不安か?」

にやにやと笑いながら此方に視線を向けたシンドバッドにナマエは真顔で頷いて見せる。

「はい。不安です・・・。シン会長は、私にとって憧れの人でしたから」
「な、なんだ急に・・・照れるな」

一瞬戸惑ったように頬を赤くしたシンドバッドにナマエは、思わず視線を膝に落とす。いつの間にかぎゅっと握られた手の中で制服のスカートがぐしゃぐしゃになっているのが見えた。

「・・・・ずっと、ずっとこのまま終わらなければいいのに」

文化祭が終わらなければ、この一カ月がずっと続けば、そうすればシンドバッドの傍にいることが出来る。後輩として堂々とその傍にいることが出来るのだ。もし、この生徒会という繋がりがなければシンドバッドの傍にいることなんてできない。その性格と、整った容姿から『女たらし』の異名を持つ彼のことだから直ぐに同級生の女生徒からいろんな誘いを受けるであろうことは目に見えていた。

「それはダメだな。文化祭が終わればやっと仕事から解放される。これで休日も好きなコを誘って出かけられるかもしれないってのに」

シンドバッドのきっぱりとした言葉に、ナマエの胸が強く痛む。息を飲みこめない程の鋭い痛みに、ぎゅっと唇を噛みしめた後、なんとか口元だけ笑みの形に歪ませて見せた。

「・・・そう、ですよね。先輩は今まで生徒会で忙しかったから・・・、早く好きなことしたいですよね・・・」
「あぁ、ようやく土日に自由な時間が出来るしな」

シンドバッドの心から嬉しそうな言葉に、ナマエは胸が詰まって目の奥が熱くなった。この大好きな、幸せな時間をシンドバッドは早く過ぎ去ればいいと思っていたのだ。悲しくて、辛くて、目の前の書類が滲みそうになるのを必死で堪えた。

「ってことで、お前の来月からの土日の予定は全部空けとけよ?」

俯いた頭をシンドバッドの大きな手がぐしゃりと撫でる感触に、ナマエは思わず顔をあげる。その瞬間堪え切れなかった涙が見開いた瞳からぽろりと一筋流れたが、その後は続かなかった。シンドバッドが優しく此方を見つめながら、その顔に悪戯を成功させた様な笑みを浮かべている。
何が何だか分からなくて、「え?」と聞き返せば、シンドバッドの顔が更に笑みを深くした。

「ほら、これは手付料な。お前の休日、これで全部俺の物だから」
「な、なんですか・・むぐっ」

ぐいっと、シンドバッドが齧っていたアイスの残りを差し込まれてナマエは言葉を続けられなくなる。口の中に広がる甘いソーダの味をごくりの飲み下しながら、余裕の笑みを浮かべるシンドバッドをぽかんと見つめてしまった。



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