企画 | ナノ


七海の覇王として世界に名を轟かせ、世界中の大国相手にその存在感と圧倒的な外交力を持って渡り合ってきたシンドリア国王シンドバッドだが、世界には彼がどうしても敵わない人間が三人いる。一人は彼の恋人であるナマエだ。訳合って婚姻は結んでいないものの二人の仲睦まじい様子は国中に知れ渡っており、彼女の為ならばきっとシンドバッドは星ですら手に入れようとするのではという、もっぱらの噂だ。
残る二人は、シンドリア王国の次代を担う姫君達。
ナマエとシンドバッドの間に生まれた双子の少女達である。


ぱたぱたと同じ歩調で歩きながら、このシンドリアでもっとも愛されている少女達は、そっくりの顔を紅潮させながらお互いの手をぎゅっと握ったまま王宮内を走っている。お揃いのワンピースの裾をはためかせて辺りをキョロキョロと見渡す様に、城に勤める者達も眦を下げて微笑ましそうに口角をあげていた。

「姫様方、どなたかお探しですか?」
「「おかあさま!」」

揃って返された言葉に、尋ねた侍女の顔が更に綻ぶ。よくよく見れば、少女達のお互いを握っていない反対の手には幾つかの花が握られていて、其れを渡したい相手を探しているのだと言う事は直ぐに見当がついた。

「ナマエ様でしたら、このお時間はお仕事で黒秤塔ではありませんか?」
「ほら!やっぱり!」
「えー、だってジャファのおしごと、おてつだいするかもって・・・」

顔を見合わせた二人が口を尖らすのも同時で、ついに思わず笑いが漏れてしまった侍女に、二人は同じタイミングで視線をむけるとにっこりと笑った。

「「ありがとう!」」
「いえいえ、走って転ばぬようにお気をつけて」

再びぱたぱたと走り去った二人の背中をほんの少し見送った後仕事に戻らねばと視線を逸らした時だった。軽い調子で続いていた二つの足音が突然消えて侍女が不思議に思って振り返れば、其処には誰の姿もいない。子供の足にしては、随分と早いものだと感心しつつも、どこか腑に落ちない思いを抱えながら侍女は一度首を傾げて再び仕事へと戻っていった。

ヤムライハの研究を手伝いながらナマエは、ふと机に向けていた視線をあげる。誰かに呼ばれたような気がしたのだが、気の所為だったかと再び机に視線を落とした所で「おかあさま!」と幼い声が響いてナマエは、目をぱちくりと瞬いた。

「リヤン?ラソ?」
「「うん」」

部屋の扉も開いていないのに、姿を現した娘二人を驚きつつも腕に迎えてナマエは「もう・・・」と二人を諫めるように眉を顰めて見せた。

「また魔法を使ったのね?だめじゃない、また熱がでてしまうわ」
「だいじょうぶ!きょうはちゃーんと出来たから!」
「そう、リヤンもラソもちゃんと出来た!」
「そういうことじゃ・・・」

にこにことお互い顔を見合わせて笑い合う娘二人に、どう言い聞かせようかと悩んでいた所で、同じ部屋で分厚い魔導書に視線を彷徨わせていたヤムライハが顔をあげて「すごいわ!」とキラキラとした瞳を向けてきた。

「ふたりとももう転送魔法を覚えたのね。なんて優秀な生徒かしら!」
「「ヤムさま!」」

にっこりと笑ったヤムライハに、リヤンとラソの二人はぱたぱたと駆けよって彼女の服にぎゅっと抱き着く。どうやら自分と同じ魔導士であるヤムライハの事を大層慕っているようで、仕事の邪魔はしないようにと目を光らせるナマエをかいくぐって、よく二人で魔法の教授を受けているようだった。

「もう、また二人ともヤムに魔法を習ったのね、ヤムは色々大変なのに・・・」
「ううん!二人とも本当にすごく才能があるの。教えるのもとっても楽しいのよ!ね、リヤン、ラソ」
「うん楽しい!」
「ヤムさまとお空とぶのすっごくたのしい!」

どうやらヤムライハに教えてもらったのは転送魔法だけではないらしい様子にナマエは仕方ないというように溜息を吐きながら、嬉しそうにヤムライハに抱きつく二人の姿を眩しそうに目を細めた。

リヤンとラソが生まれた時、大きなお腹にもしかしたら双子かもと不安に思っていた事が的中した医師達は大いに慌ててしまったらしい。出産は母体も子供と命がけのこの世界で、初産でしかも双子の出産というのはとても危険が高いのだ。二人が無事に生まれるのは奇跡だと、そう医師が告げた言葉にシンドバッドや他の者達の固唾を飲んで産声が上がるのを待ち望んでいた。当のナマエも薄れそうになる意識の中必死で頑張り続けた結果、二つの命を無事にその手に抱くことが出来た。小さな二つの身体を両手に抱えた時、自然と溢れた暖かい気持ちは今もナマエの胸の中を一杯にしてくれる。
二人がすくすくと成長していくなか、リヤンとラソが魔導士であると気付いたのは彼女達が3歳の時だ。空に手を伸ばして、何かと戯れる姿に驚いてヤムライハを呼んだ所確かに二人はルフと遊んでいたらしい。双子が揃って魔導士という事にシンドバッドもナマエも驚いたものの、暫くは魔法に触れさせることなく健やかに育てようと二人で決めて、杖も持たせていなかったのに、自然と二人は魔法を使う様になってしまった。しかも、かなり大きな魔法を、だ。
ヤムライハの見解では、お互いがお互いを制御しあって杖の様な存在なのではというもので、二人が一緒にいると魔法を自然と使えてしまうらしい。
それ以降、身体の負担にならないように二人に魔法の制御の仕方を教えてきたのだが、シンドバッド譲りの強い魔力を持った二人はその才能をめきめきと開花させていった。二人でどこかに転移してしまったり、空を飛んでいってしまったりと言う事はよくあることで、一度姿の見えなくなった二人に慌てて皆で探した所、シンドリアを囲う崖の中腹で遊んでいるのを見つけたこともあった。

「あ、そうだ!おかあさまにねコレ!」
「ヤムさまにも、どうぞ!」

二人が差し出した手の中には少しだけ萎れてしまった花が握られていて、その綺麗な桃色にナマエとヤムライハは揃って目を合わせると息を漏らして笑う。

「ありがとう、綺麗な花ね」
「花瓶に挿しておこうね。そうすれば、元気になるから」
「うん!あ、ねえリヤン、こんどはおとうさまのお花をさがしにいこうよ!」
「いく!」
「お仕事の邪魔はしないようにね」

ナマエの言葉にコクリと頷くと二人はもう一度手を握ってふわりと一瞬浮かびあがった後、淡い光に包まれて消えていった。

「また、魔法をつかって・・・」
「ふふ、大丈夫よ。この王宮の外では使わないように言い含めてあるから」

ヤムライハの言葉にナマエもコクリと頷くと、二人が消えていったであろう中庭の方を見つめて僅かに目を細めて口元を緩めた。

きっと、今日シンドバッドが帰って来た時には彼の頭には二人が探してきた花が刺さっているだろうなと想像しながら、ナマエは再び机の上の資料へと意識を集中させた。



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