企画 | ナノ


星達がダイヤモンドの様に空に輝きを灯す頃。
小さな島の大きな国にすむ偉大な王様は目の前で頬を膨らませて丸い瞳をぎゅっと精一杯つり上げた幼子の前で鼻息荒く腕を汲んで見せる。
絶対に負けんと、強い意思を込めた瞳に一瞬もたじろぐことなく、真正面から見返す度胸は天晴れと思いながらも、甘やかすことなく更に眉を寄せて見せた。

「駄目だ。絶対に許さん!」
「やだ!ぜったいにやだ!」

お互い一歩も譲ること無く言い合う様はまさに親子と言えるほどに似通っている。これが言い合っているのでなければとても微笑ましいものなのにと、ナマエは肩を落として溜息を一つ漏らす。そんなナマエの様子に気づくことなく二人は未だにお互い譲ること無く言い合いを続けていた。
そもそも何を言い合っているのかといえば原因はナマエである。
今夜、彼女が誰と寝るかで揉めているのだ。
シンドバッドとナマエの子供である第一子が生まれたのが5年前。第一皇子の誕生に国中が湧きかえり幾晩も祝福の宴が続いた。その後シンドバッドによってラビタと名付けられた赤子は二人と、そして周りの者達の愛情を受け取ってすくすくと育っていった。シンドバッドにそっくりなその姿にある者は『昔を見ている様だ』と笑い、ある者は『せめて性格だけでもナマエに似て欲しい』と祈る中、ラビタはシンドバッドと同じく冒険好きのやんちゃな少年にと育っていった。
外では人一倍逞しく、やんちゃしているラビタだが太陽が沈み、遊び疲れて紫獅塔の部屋にと戻ってくると、誰よりもナマエに甘えてくる。膝に乗り、ぎゅっと抱き着く小さな身体をナマエも抱きしめ返しながら、一日何処に行っていたのか、何をしたかなどを、幼子特有の拙い言葉ながら聞くのが日課になっていた。そんなラビタだから勿論、夜寝る時もナマエと一緒に寝る事を望むのだが、其れを良しとしないのがこの国の王、父であるシンドバッドだった。さんざん二人で言い合いをした結果、シンドバッドの仕事が徹夜になった時はラビタとそれ以外の日はシンドバッドと一緒に眠ることに落ち着いた。なんだかんだ仕事で徹夜になることが多いシンドバッドなので、二人とも納得していた様だったが、今夜は少し事情が違っていた。
元々、シンドバッドは徹夜になると連絡が来ていたのでラビタと二人で眠ろうとしていたのだが、シンドバッドが必死になって仕事を終わらせてきたのだ。ラビタと二人寝台に入って子守唄代わりに、本を読み聞かせていた所で現れたシンドバッドに、ラビタは「きょうは母さまとねる」と言ってきかず、シンドバッドは約束通りナマエは自分と休むと主張していた。

もう、子供が眠る時間を過ぎようとしているのではやくラビタを休ませたいのだが、二人は白熱する一方で一向に諦める様子がない。どちらかと言えば、シンドバッドが大人げないとも思うのだが、此処でラビタの味方をしてしまうと、後々もっとややこしい事になってしまうのは過去からの経験で十分に分かっているのでナマエはただただ言い合いが決着するのを待つばかりだった。

「だめ!きょうはぼくの母さまなのっ」
「ナマエは何時だって俺の物だ!大体、『ぼくも大人になったから冒険につれっててくれ』と昨日言っていただろう。大人は母親と一緒には寝ないんだぞ」
「ひるまは大人で、いまはこどもなの!」
「なんだその理屈は!」

何時になったら終わるのかしらと、立っているのも面倒になって寝台に腰掛けたナマエの膝にラビタがぴょんと飛び乗ってぎゅっと身体に抱きついてきた。胸に顔をうずめるように離さんとする息子の姿はやはり可愛らしくて、母性本能を大いに刺激されたナマエはぎゅっと小さな身体を抱きしめる。

「いやー、ぜったい母さまと寝る!」
「あ!こら、ナマエの胸に顔を押しつけるな!其処は俺の物だぞ!」
「ちがうもん!ぼくのおっぱいだもん!」
「俺のおっぱいだ!」

お互いがナマエを自分の物だと主張する二人に、ナマエはもうそろそろ潮時かと、一度息を大きく吸い込むと「いい加減にしなさい!」と声を張り上げた。
ぴたりと言い合いを止めた二人を交互に見た後、ナマエは抱いていたラビタをシンドバッドに渡す。大人しく腕に抱きあげたシンドバッドを見て、満足げに息を吐いた後、精一杯眉を顰めて見せた。

「今日は誰とも休みません。私は、一人で眠ります。シンとラビタ、二人で仲良く寝て下さい」
「「えぇ、そんなっ」」

揃って声をあげた親子に、ほんの少し笑いそうになるがそれを堪えてナマエは厳しい表情のまま二人を見据えた。

「もう、二人とも自分のことばかり。もっとお互いを尊重するためには、相手の事を知るべきです。今日は二人で休んで、仲直りしてください」

そう言い放つと、すたすたと部屋を横切って出て行ってしまう。扉が閉まる瞬間に、呆気にとられた二人がナマエの事を呼びとめたが彼女は振り返ることなく部屋を後にすると、一応用意されている彼女の部屋に戻っていってしまった。

残されたラビタとシンドバッドは若干の気まずさを残しながらお互い視線を合わせる。

「寝るか・・・」
「うん、父さま・・・」

シンドバッドの言葉にこくりと頷いたラビタは、寝台に降ろされると大人しく布団の中に潜り込んだ。ラビタの横にシンドバッドも身体を横たえると、少しだけナマエの香りが鼻先を霞める。さっきまで彼女がいた気配を感じながら目を閉じようとした所で、じっと此方を見つめるラビタの視線に気がついた。

「どうした、眠れないのか?」
「・・・いつもは、ねるまで母さまがおはなししてくれるから・・・」
「そうか、ナマエはなんの話をするんだ?」
「いろいろ。しらゆきひめ、とか。あかずきんとか・・・、あとは・・・シンドバッドのぼうけんの話とか」

恥ずかしそうに目を伏せたラビタに、シンドバッドは僅かに目を見開く。「俺の冒険の話か?」と信じられない思いで口にすれば、彼は「いちばんすき・・・」と小さな声で呟いた。

「そうか。ナマエの物語はあまり良く知らないが、俺の冒険の話ならいくらでもしてやる。何の話がいい?」
「ほんとっ?!」

とたんにキラキラとした瞳を向けてきたラビタにシンドバッドは目を細めて頷いた。

「勿論だ。本には書き切れなかった色んな話がまだまだあるぞ」
「どんなはなし?!しりたい!」
「そうだな、たとえば・・・、俺が大きな鳥の巣に連れて行かれた話は聞いたか?実はあの鳥には秘密があってな・・」

シンドバッドの話に聞き入って、怯えたり興奮したりする息子の姿に確かに過去の自分の姿が映る。
いつの日か、冒険に出たいと、本当の大人になったラビタが告げてきた時は黙って送り出してやろうと心に決めながらシンドバッドは眠そうに目を擦った息子の頭を撫でてやった。

「ほら、もう寝ろ。月がてっぺんまで上っているぞ」
「うー・・・でももっとおはなし 聞きたいのに・・・」
「また幾らでも話してやるさ。今夜は寝なさい、明日起きれないぞ」
「はぁい」

ぐっと目元を手で覆ってやると、ラビタは諦めたように寝むそうな声で返事をする。やがて規則正しい寝息が聞こえてきた所で、シンドバッドも同じ様に瞼を降ろした。
彼が、大人になるまで。そして、自分の冒険を紡いで満足して戻ってくるまで。
其れまではこの国の王として、精一杯力を尽くそうと心に決めて、シンドバッドは傍らで眠る柔らかい温もりを抱きしめた。



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