企画 | ナノ


島中に響き渡る大きな鐘の音に、ぱっと小さな少女は伏せていた顔をあげる。それに合わせるように「今日は此処までにしましょう」という先生の言葉にぴょんと勢いよく椅子を飛び降りた。

「せんせいっ、ありがとうございました!」
「はい。では姫様、明日もがんばりしょうね」

にっこりと笑った初老の男性にこくりと頷いたあと、少女は勢いよく部屋を飛び出した。
小さな手足を一生懸命動かして、廊下を走る。すれ違う人が皆笑顔で挨拶してくれる度に、にこやかに手を振りながら少女は軽い足音を立てながら、白亜の宮殿を駆け抜けた。

「あ、ジャファ!みつけたー」

少女の視線がお目当ての人物を探し当てて更に走る速度を速める。最後は勢いよく飛び付くように飛び跳ねれば、一瞬驚いたように目を見開いた黒い瞳が優しく細められてぎゅっと身体を受け止めてくれた。

「ラビタ姫様、お勉強は終わったのですか?」
「うん!ちゃーんと、ぜんぶおわったよ」
「そうですか、姫様は偉いですね。」

にっこりと笑って、優しく頭を撫でてくれる手にラビタも嬉しそうに笑う。「お腹がすいたでしょう?昼食を食べに行きましょう」というジャーファルの言葉に笑顔で頷いて、差し出された手を握り返すと良い匂いが漂う食堂へと二人で歩き出した。


「さぁ、姫様、沢山召し上がってくださいね」
「いただきまーす」

ジャーファルとラビタの二人分の食事が用意されたテーブルに座って、二人がご飯を食べようとした所で、「ラビタ!」と声が響いた。

「あ!母さま!」
「もう、終わったと思って迎えに行ったら、どこかに行ってしまったと言われるし・・・、ジャーファルさんは忙しいのにダメじゃない」

ぴょんと椅子を降りたラビタが一目散に駆けて行き、母親であるナマエに抱きつく。ぎゅうっと、足のあたりに抱きついた娘の頭を撫でながらナマエは怒る様に眉をしかめて見せた。「だってぇ・・・」と口を尖らすラビタにジャーファルは笑顔でナマエに「いいんです」と声を掛けた。

「姫様と一緒でなければ昼食を取るのも忘れてしまう所でしたし。むしろ、休憩の口実も出来たので助かりました」
「ほら!」
「もう、ジャーファルさんはラビタに甘すぎます!」

ラビタを庇うジャーファルに、ナマエは苦笑して見せる。「ありがとう、ジャファ!」と再びジャーファルに抱きついた小さな身体を受け止めてジャーファルも優しく頭を撫でていた。

「ほら、ナマエの分も用意させますから一緒に食べましょう。ヤムライハの研究は今朝で区切りがついたのでしょう?」
「はい。じゃあ、お言葉に甘えて・・・。ほらラビタ、食べるなら私の隣に座って」
「はーい!ふふっ、母さまとジャファと一緒でうれしいなー」

ニコニコとご満悦の様子で席に付いたラビタがもぐもぐと用意されたご飯を口に運ぶ。まだ小さな手では扱いにくいのか、口の端を汚しながらも美味しいそうに口に運んでいった。その様子を目を細めて見つめながらジャーファルが「もっと召し上がりますか?」とラビタに声を掛ける。その言葉に笑顔で頷いたラビタにジャーファルは直ぐに新しい皿を用意させていた。

「もう・・・本当に食べられるの?残すのはダメよ」
「だいじょうぶだもん!」
「まぁ、姫様が残したら私が全部食べますから。姫様、お好きなだけ食べて下さいね」
「うん!ジャファありがと」

娘の言葉に、にっこりと幸せそうに笑うジャーファルに、ナマエは昔にこの国に一時的に身を寄せていた食客の少年二人を思い出した。彼らもジャーファルの進めるままに食事を取り過ぎて、気付いたときにはまん丸と太ってしまい、シンドバッドにダイエットを強制させられていた。
今はまだ、子供なので多少丸くても可愛らしいで済むだろうが、年が経つにつれて太ってしまっては大変だろう。娘の先行きに若干の不安を覚えながら、ナマエは未だにもぐもぐと動いている娘の口をぐっと拭ってやった。

「姫様、午後は何をするんですか?」
「えっとね・・・、ピスティお姉さんがたくさんおしえてくれるって!」
「ほぉ・・・何をです?」
「うんと、『こうかてきな、うそなきのしかた』って言ってた!」

その言葉に、笑顔で頷いていたジャーファルがそのままの表情で固まる。笑顔のまま微動だにしなくなったジャーファルにラビタが不思議そうに首を傾げていた。

「・・・姫様、確かピスティは午後から急な仕事が入るはずです。申し訳ないですが、ピスティに教わるのはまた今度にしましょう」
「えー・・・」
「ラビタ、お仕事だもの、しょうがないわ。・・・そうだ!午後は母さまと一緒に森にいってみよっか。お花を摘みに!」
「ほんとっ?!うん、そうする!」

シンドバッドとナマエの娘であり、いずれはこの国を担って行くラビタに八人将も色々と手を掛けてくれている。ヤムライハは色々な本を読み聞かせてくれるし、シャルルカンは護身用にと小さな刀の扱い方を、ドラコーンなどは色々と諸国の話などを教えてくれているらしかった。ピスティも例にもれず、自分の知識の一部を伝授しようとしたのだろうが、ジャーファルにばれてしまったのが運のつきだろう。きっと、これからジャーファルの特大の雷が落とされるであろうことを予想してナマエは静かに胸の中で友人に合掌した。

「お花とったら、ジャファにもあげるね!きれいなのさがしてくる!」
「ありがとうございます。楽しみに待ってますね」

ピスティにどんな雷を落とそうか思案していたジャーファルの怖い顔が、ラビタの一言で再び笑顔になる。嬉しそうに目尻を下げたジャーファルにラビタも誇らしげに何度も頷いていた。


和やかに進んでいく昼食の中、入口からおどろおどろしい空気を感じて、思わずナマエとジャーファルが振り返ると、其処にはこの国の王、ラビタの父親であるシンドバッドが恨めしそうな表情を半分覗かせながら、扉から此方を見つめているのを見つけて二人は思わずため息を吐く。それと同時にシンドバッドの存在に気付いたらしいラビタが「あ!父さまだ!」と声をあげたので、シンドバッドがゆっくりと此方に向かって歩いてきた。
俯いて、ぶつぶつと呟くシンドバッドに給仕をしている侍女も、他の者達もぎょっと目を剥いているがシンドバッド当人は気にした様子も無い。

「なんで、ジャーファルとナマエの時には抱きついたのに、俺には抱きついてくれないんだ。座ったままだし。もう、ご飯に気を取られているし・・・」
「・・・王よ、ぶつぶつと呟くの止めて下さい。怖いです」
「っ!なんで!ジャーファルに一番懐いているんだ!?俺だって、俺だってこんなにラビタを大事に思っているのに!」
「シ、シンの事もラビタは大好きですよ!ただ、食事中は立ち歩かないようにって言い聞かせているので・・・。ね?ラビタ、父さまのこと大好きよね?」
「うん!父さまだいすきだよ!」

にっこり笑うラビタに少しシンドバッドの溜飲も下がったのか、先ほどよりも些か明るい表情でラビタとジャーファルの間に無理やり座った。

「そうか!ラビタ、午後は何をするんだ?もう勉強は終わったんだろう?」
「えっとね、母さまとお花とりにいくの!ジャファのために!」
「・・・っ」

再びシンドバッドの機嫌が急降下してぎっとジャーファルを睨む。ぎりぎりと歯ぎしりが聞こえてきそうなその表情に、ナマエは慌てて弁解するがシンドバッドの目線はジャーファルを捕えたままだった。

「・・・・っく、いいか、娘は絶対にやらん!」
「はいはい。まったく、貴方じゃないんですからこんな小さな姫様に邪な事考えませんよ」

二人の大人の小さな声の応酬はラビタには聞こえて無いらしい。首を傾げて見せた彼女に、ナマエは「なんでもないの」と曖昧に笑って見せた。



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