企画 | ナノ

香り水・前編

シンドリアには常に様々な国からの商店が立ち並ぶ市場がある。北はイムチャックから南はレームまで様々な国の名産が並んだ市場は常に多くの人でににぎわっているのだが、店を出す商店は毎日の様に顔ぶれを変える為に、気に入った品が手に入るかは運次第だ。
人が最もで始める昼下がりの中、ナマエとピスティは並んで歩きながら、市場に所狭しと並んだ店をぶらぶらと見て回っていた。

「あ!新しい布が売ってる。レームのほうのかな?綺麗な色〜」
「あぁ、日用品も売っているのね。ちょっと見ていこうかな」

綺麗に織られた布の傍には、日常で使う櫛などの小物や、石鹸なども売っているようでナマエはピスティと共に店を覗いた。此方を見つけた売り子の女性が明るい笑顔を浮かべて「いらっしゃいませ!」と声を掛けてくるのに軽く笑みを浮かべながら軒先に出された品をゆっくりと見て回った。

「この服かわいーい!うーん、彼氏におねだりしちゃおうかな〜」
「ピスティ・・・さっきもそんなこと言ってなかった?」
「あれは文官の彼氏!こっちは武官の人だよ」
「・・・そう」

ピスティが色々な人と付き合うのは今に始まった事では無いのでナマエは諦めたように口を噤んで、目の前の商品を見る事に没頭した。レームの貴族に人気と言われている香料を使った石鹸や、海綿を使ったスポンジに、綺麗な模様の入った櫛など女性向けにそろえられた商品にナマエの心も躍る。髪に塗る香油や石鹸を幾つか手に取ってお店の人に「ください」と手渡せば手際よく女性が包んでくれた。

「毎度あり!あ、そうだお姉さんコレ、おまけに持って行かない?」
「・・・綺麗な瓶ですね。香水ですか?」

綺麗にカットされた小瓶を見せられてナマエは首を捻る。コルクで絞められた其れの中には透明な液体が一口程の量が入っていてちゃぷちゃぷと揺れていた。

「ふふっ、半分正解!これは飲む香水、『香り水』なのよ!」
「飲む・・・香水?」
「そう、これを飲むと暫くすると身体から花の香りがするの。不思議でしょう?今レームでも少ししか売ってない希少な物なの!」
「へぇ・・・でもいいんですか?おまけで頂いてしまって」
「いいのよ!気に入ったらまた買ってちょうだい。後三日は此処で店を出しているから!」
「ありがとうございます。じゃあ、頂いていきますね」

小瓶を包に入れてもらって、笑顔で品を受け取ると女性が「そうだ・・・」と思い出したように曖昧な笑みを浮かべる。

「ひとつ注意があるの。大丈夫とは思うんだけど、成分に特殊な香木のエキスが入っているから時々身体が反応しすぎちゃう人がいるみたいなの」
「匂いが強くなり過ぎてしまうんですか?」
「ううん、その・・・気分が高揚するっていうか・・・、えっとね、ズバッと言うと媚薬みたいな反応をしちゃう子もいるって・・・」
「びっ・・・!」

媚薬という言葉に、息を飲んだナマエに女性が慌てて手を振った。

「大丈夫!私も今まで沢山売って来たけどそんな症状出た子いなかったし!ただ、これを作っている人がもしかしたら・・・、っていう風に言っていたから念のために伝えてるだけよ。安心してね」
「そう、なんですね・・・。よかった」
「うん、是非使ってみて感想教えてね」

にこやかに女性と別れて店を離れれば、いつの間にか違う店を覗いていたピスティが「何買ったの〜?」と此方に向かって走ってくる。

「石鹸とか、色々。ヤムにも、少し買って行こうと思って」

研究が始まると身形をとんと気にしなくなる友人の姿を思い浮かべて苦笑すれば、ピスティも同じ様に笑みを浮かべた。

「確かに・・・ヤム、美人さん何だからもっと気を配れば良いのにね」
「まぁ、魔導士らしいといったらそうなのかしらね」

研究が始まってしまえば寝食も忘れてしまうのは、魔導士、というか研究職の宿命だ。

「じゃ、私はなんか甘い物お土産にしよっかな〜、あ!クランベリーの砂糖漬け売ってる!ちょっと見てっていい?」

言うが早いか駆け出したピスティの後姿を追いかけてナマエも走りだす。
その時にはすっかりおまけに貰った小瓶の事は意識の片隅から消えてしまっていた。



「あ、これ・・」

荷物の整理をしていた時にコロリと机に転がった小瓶を拾い上げてナマエは中の液体を見るように何度か揺らして見せる。昼間に貰ったおまけの『香り水』なのだが、見た目はただの水そのものだ。恐る恐るコルクを外して匂いを嗅いでみるが微かに甘い花の香りがするだけで香水の様なきつい香りはしてこない。

「ほんとに、匂いがするのかしら・・・」

飲めば身体から匂いがするなんて、原理が分からなくて半信半疑だったが、感想を聞かせてほしいと言われてしまった手前一応の使用心地を確かめておくべきだろう。もし匂いがしなくても、別に問題はないかと頷いて一気に瓶を煽る。水よりもほんの少しだけトロリとした液体は微かに甘苦く喉をするりと流れて行く。最後に鼻に抜ける時に、嗅いだ時と同じ匂いがして、ナマエはコトリと瓶を机に置いた。
即効性はないと聞いていたが思わず自分の手を鼻に近付けてくんくんと聞かせて見るが、其れらしい匂いはちっともしない。ナマエは苦笑を浮かべると「暫くたったらもう一度嗅いでみますか」と呟くと他の品物を手に取って棚に片付け始めた。
片付けが一通り済んで、ヤムライハに明日渡す品物を纏めていた時に、部屋の扉がノックされる。「はい」と扉を開いた先にいたのはいつもの通りに笑顔を浮かべたシンドバッドだった。ナマエも思わず破顔して迎え入れると、ぎゅっとその身体に抱きついた。

「今日は早くお仕事が終わったんですね。お疲れ様です」
「あぁ、最近脱走せずに真面目に仕事をしているからな。ジャーファルも機嫌が良いんだ」

くつくつと笑うシンドバッドにナマエも笑いを零す。ぎゅっと強く抱きしめられる感覚にナマエもシンドバッドの大きな胸に頬を寄せた。

「今日は・・・買い物に行ってきたのか?」
「はい、ピスティと一緒に。レームからの店もあって色々買いこんじゃいました」
「そうか」
「今、お茶を入れますから、待ってて下さい」

するりとシンドバッドの腕から抜け出してお茶の準備をすると二人で並んで色々と話をしながらお茶を飲みこむ。今日あった事など色々と話している時だった。
ふわりと熱が身体に灯った気がして、ナマエは自分の身体を見下ろす。お茶を飲んだ為に、身体が熱くなったのかと思ったがじわりと熱が上がる感覚に、思わず手にしていたお茶を机に置いた。

「ナマエ?どうかしたのか?」
「いえ、なんでも・・・」

「ないです」と告げようと思うのに、急に早くなった鼓動に言葉が続かなくなる。不思議そうに此方を見つめるシンドバッドへと顔を向けると、かあぁと頬が赤くなるのが分かった。見慣れたシンドバッドの顔にいつも以上に恥ずかしくなって、目線が合わせられずに俯いてしまう。何かがおかしいと思ってぎゅっと手を握った所で、シンドバッドも此方の異変に気付いたらしい。「具合が悪いのか?」と手を此方の首筋に寄せて熱を測る仕草にナマエは首を竦ませた。

「っんぁ・・・・」

シンドバッドに触れられた所から、言いようのない悪寒が広がって身体を包む。思わず漏れた声にシンドバッドも驚いた様にその手を止めた。

「本当にどうしたんだ?熱は・・・無い様だが。・・・それに何か、花の香りがする」
「花・・・あっ・・」

シンドバッドの言葉に、ナマエは机の上に合った空の小瓶に視線を移す。今の今まで忘れていた、あの売り子の女性の言葉を思い出してナマエはまさか、と息を飲んだ。

「あの瓶がどうかしたのか?」
「っ、い、いえ・・・あの、シン、私今日はもう休みます。明日はヤムの実験の手伝いで朝が早いので!」

ナマエの視線の先の小瓶を見つけて不思議そうに聞いてきたシンドバッドに、ナマエは慌てた様に立ち上がる。
もし、あの女性が言っていた『香り水』の副作用なのだとしたらこの状態はあまりにも良くない。ひとまずシンドバッドから離れて身体の熱が収まるのを待つしかないと、離れようとした所で、慌てたようにシンドバッドが手を掴んで此方の身体を引き寄せた。

「ど、どうしたんだっ?急に慌てて・・・」
「何でも・・・ぁっ・・・離し・・」

掴んだ手から伝わるシンドバッドの熱が、此方に染みてくる様な感覚にむず痒さを感じて身体を竦ませる。シンドバッドに触れられているだけで身体に力が入らなくて、思わず崩れ落ちるようにその膝の上に倒れ込めば、一層強く密着した身体にナマエの身体の奥がずぐりと疼いた。

「おっと・・・、熱い、な。本当に具合が悪んいんじゃないか?」
「ひぁっ、んっ・・シ、シン・・・触っちゃ・・・っ」
「・・・ナマエ、何か隠し事をしているな?」

抱きとめようとしたシンドバッドの手が身体を確かめるように触った為に、ナマエは思わず喉を逸らせて喘いでしまう。しまったと息を呑んだときには、シンドバッドの瞳には何か面白いもの見つけたかの様な光が宿っていてナマエは思わず首を振って抵抗した。

「さっきから何でもないと言う割には、こんなに身体を熱くしているし、甘い匂いが全身からしている。なにか、おかしい」
「お、かしくなんか・・・」
「なら少し位触れさせてくれてもいいだろう?いつもこれくらいの事はしているじゃないか」

確かにこうして抱きしめ合う事も、シンドバッドの膝の上に座ることも珍しい事では無い。シンドバッドの言葉に反論出来ずにいると、其れを了承と取ったのか腰に添えられていた手が絶妙な力で腰を撫でる感覚にナマエは電流が走ったかのように身体を慄かせた。腰に添えられた手が幾度か其処を行き来した後、すっと太股へと移されてスカートから覗く足をするりと撫であげた。

「ぅっ・・・くっ・・・」

漏れる声を堪えるように唇を噛みしめるとシンドバッドが面白そうに口元を緩ませる。そのまま唇が此方の耳元に落ちてくるとゆっくりと耳たぶを食まれ丁寧に舐められた。
耳を覆いたくなるような水音に、ナマエは背筋を走る悪寒に必死で眉を顰めて堪えるがシンドバッドは容赦なく責め立ててくる。

「ナマエ、簡単に音をあげてくれるなよ?」

低い声で囁かれた言葉に、逃げ出したくなりながらナマエは面白そうに此方を覗きこんだシンドバッドの瞳をきっと睨んで見せた。



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