短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ11

「待って」と声に出す前に、白雄に掬われるように抱き上げられて、有無も言わさずに寝台へと運ばれる。まるで壊れやすい砂糖菓子を扱うかの様にそっと下されると、すぐに白雄の唇が顔じゅうに降りかかってくる。唇が触れる箇所は途轍もなく優しく甘いのに、上に圧し掛かる白雄は抗いようのない力を感じた。瞼は開いているはずなのに、一杯一杯の頭には正確な情報は残していかない。青みがかった黒い髪、濡れたような群青の瞳。指先を滑る絹地の感触。
生暖かい感触が唇から首筋を辿り、鎖骨のあたりをチロリと舐められる。未知の感触に体を跳ねさせると、チリっとした熱を同時に感じて「あっ」と声が漏れてしまった。
「白い、な。それに柔らかい」
「は、くゆう……さま」
「少し、不安になってきた。お前を壊さない加減が分からない」
白雄がぎらぎらとした見たことのない男の顔をして此方を覗き込む。その瞳の中に自分が映っているのが見えた。
白雄のことが大好きだった。
彼の傍にいられるのであれば、何を変えてもいいとそう思っていた。いま、それが叶おうとしている。白雄の後宮に入り、彼の傍にずっといられる。
ぐるぐると回る脳裏の中に、沢山の顔が浮かんできて、思わず息を呑みこんだ。
もし、このまま。このまま、彼の後宮に入ってしまったら、白龍や白瑛のお世話はできなくなってしまう。それに兄妹である彼らには会うことは出来るだろうが、紅玉や紅覇、それにジュダル達には滅多なことでは会えなくなってしまう。
白雄が作ってくれたこの居場所は、いつの間には自分の中で大きくなりすぎてしまったのだ。それこそ、白雄への想いと同じかそれ以上に。
「……まっ、て……ください」
「イオ?」
頬をなぞる白雄の指を捕まえて、ギュッと握りこむ。零れそうになる涙をこらえてじっと彼を見つめれば、白雄も動きを止めて真剣な瞳で「どうかしたのか?」と尋ねてくれた。
「わ、わたし……白雄様が、好き…です。でも、でも……、今の仕事も大事なんです」
白瑛と白龍と過ごす日々。紅玉や紅覇に少しだけど役に立てる様になれた日々。沢山の人に支えられて、過ごせたこの日常が愛おしかった。
こみ上げる感情に、涙がこぼれて止まらなくなる。ボロボロと泣きじゃくるイオを、白雄はいつかの日の様に、根気よくゆっくりと話しを聞いてくれた。
「白龍様や、白瑛様のお世話もしたいです…、それに、紅玉、様や紅覇様達にもまだ会いに行きたいの…ごめんなさい、我儘ばかり言ってごめんなさい」
紅徳の傍に仕えたいわけじゃない。でも、今の仕事を失うのも嫌だった。このまま、白雄に抱かれてしまえば、きっと世界はすべて変わってしまう。それが怖くて怖くて堪らなかった。
その思いを白雄に伝える。せっかくの白雄の好意を無下にしてしまうかもしれない告白に、彼の反応を見るのが怖くて、イオはぎゅっと瞼を閉じて、手で顔を覆った。
「ごめんなさい、白雄様…」
「なぜ、謝るんだ?」
「白雄様がせっかく守ってくれようとしているのに……私は」
恩知らずなことをしているということは重々分かっている。それを只々謝ろうとしたイオの唇を、白雄の指がそっと押し留めた。
「違う、いいんだよ。イオ」
「白、雄さま……」
「……ありがとう。私の兄弟を、ここまで大切にしてくれた。それを喜ばない兄はいないよ」
宥める様に頭を撫でて、笑いかけてくれる白雄の姿にイオの瞳から再び涙があふれだす。それを優しく拭うとぎゅうと抱きしめてくれる。服越しではあるが、白雄の熱を感じて堪らなく安心してしまった。子供の様に、しがみつくように抱き付けば、白雄は何度も何度も頭を撫でてくれた。
「イオの想いは分かった。大丈夫、君はやりたいようにすればいい。もちろん出来なくなることはある。侍女の仕事は、出来なくなるだろう。けれども、出来るなら彼らの『姉代わり』として、傍に付いてやってくれないか?」
「姉……?」
「あぁ、姉として同じように傍にいて気にかけてやってほしい。彼らが健やかに大人になるまで」
白雄の言葉は優しくて、希う響きに満ちていて、イオはこくりと頷いた。
彼らを見守り、傍で支えることが出来るなら、それが自分の望みに一番近い事だった。
「はいっ……私、頑張ります……」
「うん、白龍達には本当に『義姉』になるわけだしね」
「ん……?」
ぽつりと落とされた言葉に、イオが聞き返す前に白雄は再び身体を離して、唇を額に寄せてきた。
「イオ、君の不安は全部、私が受け止める。だから、この手を取って欲しい」
「白雄様……」
「君が好きだよ、多分初めて会った時からずっと。眩しくて、暖かくて、ずっと傍にいてほしいと願っていた」
望めばすべてが手に入る、大国の皇太子が、なんの変哲もない自分を欲してくれていることが信じられなくて、目を見開いてその表情を見つめてしまう。真剣な、それでいてどこか迷子の子供の縋る様な顔にイオはそろりと指を白雄の頬に滑らした。
「私で、いいんですか?何も持っていないのに……」
「持っているよ。誰にも持っていないものを、君だけが持っていた」
白雄の役に立てるような権力も、力も何も持っていない。そんな自分でいいのかと、そう問えば白雄は目を細めて破顔した。
「全部欲しかった。漸く、手に入った」
ゆっくりと体重をかけて、覆いかぶさるように白雄の顔が近くなる。
これからどうなるか、分からない訳じゃない。ほんの少しの緊張と不安、でも白雄ならばと心の奥底では落ち着き始めていた。
「イオ、愛しているよ」
「はい、私もずっと好きです……あ、愛して、ます」
言いなれない言葉に、顔に熱が溜まるのが分かるが、なんとか囁くように言葉を返せば、嬉しそうに微笑んだ白雄の顔が見えて、じんわりと暖かい何かが胸の奥に広がった。




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