短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ10

白雄に連れていかれたのは、彼の自室だった。
初めてこの世界に来た時以来、踏み入ることのなかった部屋に通される。
ふわりと落ち着いた香の香りが、未だうるさく高鳴る心臓を少しだけ落ち着けてくれた。

白雄に繋がれた手はいまだ握られたままだ。大きく熱いその手の強さにつられるようにイオの体も段々と熱を帯びていく。そんな場合ではないと心の奥底で分かっているものの、唯一人の恋する女性としては大好きな人と触れ合えていることが単純に嬉しくてたまらなかった。

「イオ、紅炎から事情は聞いたか?」
「は、はい・・・。あの、紅徳様が・・・その・・・」

自分を欲しがっていると口にするのをためらっていれば、白雄の手の力がぎゅっと一層強くなる。

「イオを侍女に迎えたいと言っているらしい。どこで見初めたのか・・・油断していたよ。」

此方に向き直り、すまなそうに眉を潜めて見せた白雄にイオは慌てて首を振る。

「そんな、此方こそご迷惑ばかりお掛けして・・・!でも本当なんでしょうか・・・私、別に綺麗でもないし、スタイルもよくないし・・・というか、多分仕事しかしていないのに、気に入られる様な事なんて何もしてないのに・・・」

紅炎に言われた時から単純に抱えていた疑問だった。
どうして自分なのだろうか、と。
周りにはもっと身だしなみに気を付けている侍女は沢山いるし、色気も美貌も持ち合わせた女性は沢山いる。なのにどうして、こんな小娘を傍に望むのかわからなくて、何かの冗談ではないかという思いが抜けなかった。

「私は、分かるよ」
「え?」
「叔父上の気持ちが。」

此方を見下ろしてゆるく微笑んだ白雄の言葉に、本日二度目のぽかんとした素の表情を浮かべて、白雄をまっすぐと見上げた。深い深い濃紺の瞳は全く冗談を言っている気配もなく、ただ真摯に真っ直ぐとこちらを射抜いている。精悍な、それでいてどこか中性的な綺麗な顔は初めて出会った時に一目見て心を奪われた時から何も変わっていない。
この人の視線に映りたい、ただ傍にありたいと、そう思っていた。想いが欲しいなんて、そんな恐れ多い事を願っていなかったと言ったら嘘になる、が天と地ほどに違う身分の差に自然と諦めていた。

「は・・・くゆう様」
「君を傍に置きたい。触れて、その温もりを感じたい。声を聴きたい。それは叔父上だけの願望じゃない」
「っ・・・」

すっと、繋がれていない方の白雄の手がイオの頬を撫でる。まるで大切なものに触れるかのようにそっと指の背で確かめる様に滑った温度と、一層優しく熱をもって細められた瞳に、言葉以上に白雄の想いがこれでもかと伝わってきて、ぶわりと体が一気に熱を帯びた。

「ははっ、泣かせてしまったな」
「っ・・・すみ、ません、涙が勝手に・・・」

感情のバロメータ―が振り切れると涙が勝手に溢れてくるのだろう。ぼろぼろと零れた涙を白雄が笑いながら拭ってくれた。

「すまない、泣かせるつもりはなかったんだ」
「ちがうんです・・・あの、嬉しくて・・・っ」

嫌だったわけではない、と首を振れば白雄の手がそっと頭を撫でてくれた。

「知っている。イオは、いつも真っ直ぐと私を見ていてくれたから。ありがとう、私もイオが愛しいよ」

これは夢なのかもしれない。
今、突然夢から覚めて自分の部屋の布団で目を覚ましても、おそらく「やっぱり夢か」と納得してしまうくらいに、色々なことが起こり過ぎていてイオの頭は処理に追いつかないままだ。
嬉しいとか、驚きとか、色々な感情が入り混じって、ただあふれる涙のまま何度も何度も頷けば、白雄がすいっと手を引いてぎゅっとその腕の中に閉じ込める。目の間に広がる豪奢な着物と、部屋の物とは違う白雄の香りに、さらに頭は混乱するばかりだ。

「っ・・・・!あ、・・う」
「うん、イオだ。漸く、触れられる」

存在を確かめる様に抱きしめられて、ふわりと髪に口付けられる。それだけでも頭が熱くなるのに白雄の唇は何度も何度も確かめる様に髪、耳、額と場所を変えて落ちてきて、もう頭のキャパシティを超えて眩暈を感じるくらいに熱が顔に集まってしまっている。

「はっ・・・くゆ・・・さまっ、あの・・・」

もう許してほしいと、そう何度か彼の着物を引っ張って伝えるが、白雄は優しく笑ったまま、ついっとイオの顎を持ち上げた。

「え・・・あ・・・っ」

綺麗な顔がすっと近づいてくるのが見えて、ぎゅっと瞼を強く閉じる。連動するように唇をぎゅっと引き結べばその上を何か恐ろしく柔らかいものが滑っていった。
こんなに優しいモノには触れたことがない。
思わず瞳を開ければ、視点が合わない程の距離に白雄の瞳が煌いて、その深い色に引き込まれる。優しいだけじゃない、溶ける様な熱を感じる瞳の色に間近で捕えられたと瞬間に、「イオ」と優しく鼓膜が揺れた。

「力を抜いて、目を閉じておいで」

その声の通りに、もう一度瞼を下す。今度はそっと、自然に視界を閉ざせばすぐに再び唇に熱が落ちてきた。
何度か確かめる様に触れたり離れたりを繰り返した後、ぬるりと湿った熱が唇をなぞる。何度か唇を舐められた後、探る様に咥内に入り込んできて、思わず怯える様に体を引いてしまう。一瞬離れた瞬間に、溜まっていた息を吐き出そうと口を開いたところで、待っていたという様に一瞬で距離を詰めた白雄の唇が再び重なる。今度は迷うことなく咥内に潜りこんで、するりと舌を絡ませてきて、ゾクリとした悪寒に似た何かが背筋を駆け抜けた。

「っん・・・ぁ・・・っはぁ」

白雄が離れたところで息を何とか繋げるが、それも全て彼のタイミングになってしまい、思う様に呼吸ができない。初めてのことにどうすればいいかもわからずに、唯必死に彼にしがみ付いて息をする様子はきっと溺れた子供の様だろう。
なんとか踏ん張っていた足から、カクンと力が抜けて倒れこみそうになったところで、白雄の腕が腰に周り体を支えてくれた。

「大丈夫か?」
「っ・・・ごめ・・・なさ・・」

息は上がり、慣れないことに目尻には涙が溜まっている。きっとまだ、顔は真っ赤なままだろう。
そんなイオに対して、白雄は先ほどと何も変わってなく余裕のある様子に、自分ばかり翻弄されていると恥ずかしくなって、目の前にある体にぎゅっと抱き付いた。こうしていれば、白雄からは表情は見えないだろう。そう思っての行動だったが、白雄のクスクスと楽しそうに笑う気配にイオはそろりと視線をあげた。

「なんでしょう・・・」
「いや、イオはずいぶんと無防備だなと思ってな」
「え?」
「そうだろう?今こうして、イオを喰らおうとしている男に助けてほしいと言わんばかりに抱き付いている。あまりにも無防備だと思わないか?」
「くらうって・・・」

言葉の意味がすぐには理解できなくて、きょとんと不思議そうにしたイオの耳元にゆっくりと白雄が顔を伏せてくる。

「遠慮なく、頂くぞ」

いつもより、少し低いこもった声で囁くように告げられた言葉には、今までない色気が混じっていて、先ほどと同じ様な悪寒が背筋を駆けていくのを感じた。




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