短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ09

最近、色々な人の視線がよく刺さる。

どこか居心地の悪さを感じて、ふと視線を巡らせれば何やらこそこそと話をしていた若い侍女二人がさっと顔を逸らせて足早に去っていく。
ここに来たばかりの頃、白雄殿下のお墨付きということで働くことになった時と似たような状況にイオは首を捻ってみせた。何とか仕事にも慣れてきて、皆にも可愛がってもらえるようになったと思っていたのに、ここにきてまた避けられる理由が分からなくて思わずため息をついてしまう。

「イオ・・・」
「侍女長、どうしたんですか?」

おずおずと、何かを言いにくそうに声を掛けてくる侍女長にイオはきょとんと目を瞬かせる。数ある侍女の中でも、人一倍責任感が強く、面倒見も良い彼女はイオが大いにお世話になった人の一人だ。火の起こし方すらおぼつかない自分を気にかけてくれ、時に厳しく、時々優しく指導をしてくれていた。
いつもはきはきと物をいう彼女にしては歯切れ悪く口ごもる姿にイオはますます不安になっていく。もしかしたら自分はとんでもないミスをしてしまったのでは、と心臓が大きく跳ねたところで、「イオはいるか」という声が聞こえて思わず侍女長と二人で体を跳ねさせて驚いた。

「こ、紅炎様・・・」

そこにいたのはいつも通りに表情を見せない紅炎で、普段であれば決して来ることはない裏方にまで顔を出して自分を呼ぶ姿にいよいよおかしいとイオの脳裏で警笛がなる。

「ちょうどいい、話がある。ついてこい」
「え・・あの、でも・・・」

侍女長は自分に何かを伝えようとしていた。そう思って、おろおろと視線を侍女長に移せば彼女は、黙って首を振った。

「イオ、ここはもう大丈夫です。行きなさい」
「・・・・はい」

きっぱりといつもと同じような口調の言葉にイオは静かに頷くと紅炎のほうへと小走りに近づいた。

「お待たせいたしました」
「来い、話がある」

短くそう告げると、紅炎は踵を返してすたすたと歩き始めてしまう。その背中に遅れないように速足で歩く。表情は見えないが、その背中からはどこか鬼気迫った何かが伝わってきてイオはぎゅっと唇を引き結んだ。
何か怒られるのだろうか・・・。思い返してみるが、大きな失態は思い出せなくて、不安ばかりが募っていった。
暫く紅炎が進んだあと、宮の裏手、人の気配もない閑散としたで歩みを止める。あたりを軽く見渡して誰もいないことを確認すると、此方に向き直った。

「イオ、これを持ってすぐに発て。今、郊外に家を用意させているが、そこもあまり長居せずに、出来れば国外に向かえ。西に・・・、レームに向かえ」
「・・・え?な、なにを・・・」
「当面の路銀は用意してある。必要なものは後から用意させよう、とにかく直ぐにここを出るんだ」

ふざけているような様子もない紅炎にイオは一気に体中から冷や汗が流れるのを感じる。彼の言った言葉がぐるぐると何度も頭もめぐって、その意味を何度も反芻するうちに、目の前が暗くなるような絶望が湧き上がってきた。

「な・・・ぜ、ですか・・・わ、私・・・何か・・・」
「違う。お前に非はない・・・ただ・・・」
「何かをしてしまったなら、謝ります!悪いところがあるのなら直します!だからお願いです、此処にいさせてくださいっ」

戸惑う様にこちらを見る紅炎に、イオは思わず言い募る。縋る様に一歩踏み出して、懇願すれば、一つ重たい溜息を洩らした後に、言い含める様に「お前に非など一つもない」とゆっくりと言い直した。

「すべては、俺の父の所為だ」
「父、上・・・・、紅徳・・様?」

こくりと静かに頷いた後、何が起こっているのか紅炎は静かな口調で話してくれた。
紅徳が昔から女癖が悪かったこと。
気に入った女性をどのような手を使っても手に入れようとすること。
そして今、自分がそのターゲットになっていること。

「私が、どうして?」

何かの間違いではないかと思って思わず、ぽかんと素のまま返事をすれば紅炎の眉が僅かに寄った。

「俺にもわからん。ただ、すでに白雄殿下には内々に話がいっているようだ。今は殿下が話を止めて下さっているがそれも長くは持たないだろう。」
「白雄・・様が・・」
「きっと父はすぐに白徳皇帝に願いにいく、陛下はきっと是と言うだろう。そうなれば、白雄殿下でもどうにもできない」

厳しい眼差しで苦々しく言葉をつむぐ紅炎にイオは、再びふるふると体が震えだすのが分かった。

「父の手が付けば、後宮に閉じ込められる。よほどのことがない限り一生だ。そうなれば、白龍殿下にも白瑛殿下に会うことはできない。それならば今は逃げてほとぼりが冷めてから会う機会も作れるようにしよう、だから今は逃げてくれ」

白瑛にも白龍にもあえなくなる。それどころか、紅徳の側女の一人として一生を後宮の奥につながれなくてはならない。ふと脳裏をよぎったのは心を壊してしまった紅覇の母親の姿でいつか自分を待ち受ける未来の一つかもしれないと思うと、背筋が冷たくなった。

「わ、わた・・し・・・」
「今なら、足取りも誤魔化せる。これを持ってすぐに発つんだ」

すっと手に納まるほどの革袋を差し出した紅炎をイオは黙って見つめる。知らず知らずの間に両手をぎゅっと胸の前で握りしめて、最後の審判を待つかのようにじっと体を固めた。

頭の中はいまだ真っ白で、何が正解かもわからない。
でも、今、紅炎は精一杯の最良の策を取ろうとしてくれていることが分かる。その善意を無駄にできないという気持ちと、それでもこのまま白龍や白瑛たちの傍を離れるのは嫌だと、もう一人の自分が叫んでいた。
せめて、話をしたい。自分の口から説明をしたい。だからもう少しだけ待ってほしい。
そう告げようと何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。

「紅炎様・・・私・・・」

そこまで告げところで、がしっと強い力で肩を掴まれてイオはびくりと大きく体を揺らす。まさか追手が来たのかと振り向いた先には、息を切らした白雄の姿があって、自然と湧き上がる安堵に、イオの瞳に無意識に涙が浮かんだ。

「白雄様・・・」
「よかった、もう出てしまったかと思ったよ」

ほんの少し乱れた息を落ち着けてふわりと笑うと、ちらりと紅炎の方へと視線を移した。

「ありがとう紅炎。イオを助けようとしてくれたんだな。だが、もう大丈夫だ。私が引き受けるよ」
「・・・出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありません」
「いや、お前のおかげで覚悟決まったよ。ありがとう、恩に着る」

申し訳なさそうに視線を落とす紅炎に、白雄は笑いながら何度か肩を叩いて労う。紅炎が深く頭を下げて去っていくのを見送ったあと、白雄はぎゅっとイオの手をつかむと「おいで」と言って歩き出した。

「これからのことを話さなくてはならない。イオ、ついておいで」
「・・・はい」

白雄に握られた手をぎゅっと握り返しながら、その手のぬくもりにどこまでも安心する自分に、泣きそうになりながら足を動かし続けた。



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