短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ08

小さく鼻歌を口ずさみながら、イオは人気(ひとけ)のない廊下をてくてくと進む。その足取りは軽く、踊りだしそうなほど楽し気なのは、これから週に一度の紅玉との湯あみがあるからだ。
あれから、何度か紅玉に呼ばれて湯あみを手伝ってきたが、会うたびに懐いてくる紅玉にイオも可愛らしくてしょうがなかった。
小さい柔らかい体を綺麗にして、赤い綺麗な髪を艶がでるまで梳いてから結い上げる。どんな髪型にも嬉しそうに頬を染めて、歓声をあげる紅玉にイオも上機嫌で色々な髪型を試していた。

「今日はお団子にしようかなぁ・・・三つ編みをを編み込んで・・・。うん、おやつも、ちょうどみたらし団子だもんね、ぴったり!」

小さく独り言をつぶやきながら、抑えきれない笑みを浮かべてイオは早く紅玉が待つ部屋へと向かわんと足早に廊下を駆け抜けていく。
そんな彼女の様子をじっと見つめる視線があったことなど、まったく気づいてなどいなかった。



机の上に積まれたいくつもの巻物を前に、いつものように執務を行っていた白雄は、足早に近づいてきた側近様子に、動かしていた筆を止めて眉根を寄せる。顔を顰めて慌てたような様子に何かあったのかと目線で問えば、彼は側に寄ってささやくような声で報告をあげた。

「なんだと・・・、叔父上が?」

思わず小さく漏れた言葉に側近は小さく頷く。「如何しましょうか」と指示を仰ぐ言葉に、白雄はギリっと奥歯を噛み締めた。

報告の内容は、簡単なものだった。

皇弟である紅徳が、いつもの悪い癖を出して女性を1人召しかかえようとしている、というものだ。
かの叔父は病弱であるために滅多に表舞台には立たないが、皇帝である白徳とは対照的に酷く好色な一面がある。数多くの側室を抱え、欲しいと思った女性はいかなる手段を持ってしても手に入れようとするのだ。
いつもであれば、何処かの国の間者でないか、密偵に探らせたのちに問題なければ放っておくが、今回彼が目につけた者が何よりの問題だった。

紅徳が望んでいるのは、白瑛と白龍の侍女である、イオだと。今は、2人の専属として仕えているが是非自分の手元に欲しいと周囲に告げているらしい。
イオの身元は、他でもない白雄が保証しているため、おそらくなんの問題もなく紅徳付きの侍女になれるだろう。そしてその後は身分の問題から一旦貴族の養子に出された後、側室となるか、またはすぐにでも手をつけられて一生後宮に繋がれるか、どちらも前例があるために予想はつかないが、どっちにしろ白雄には許容できない話だった。
もしこの話が正式な要望として紅徳から白雄へ上がってきたのであれば、それならば一旦は断わら事ができる。「弟妹が懐いているので」などと、もっともらしい言い訳をつければいい。問題は、皇帝である白徳に紅徳が強請った場合だ。
体が弱く、宮に籠もりがちだった弟に白徳は甘いところがある。白雄からしてみれば既に四十を過ぎた叔父の我儘を聞いてやるのも馬鹿馬鹿しいのだが、父であり皇帝でもある白徳が是と言えば其れは絶対なのである。

「・・・よく、教えてくれた。今後も引き続き注視させろ、動きがあればすぐに伝えるように」
「承知致しました」

そう言って深く頭を下げると静かに速やかに去って言ったのを確認して、白雄は小さく舌打ちを漏らした。

恐れていたことではある。

いつの日かイオが誰かの目に止まってしまうのではないかと、思っていた。
彼女自身は自らを普通の人間だとそう思っているようだが、ある種の人間にすると彼女の存在は酷く眩しく惹かれずにはいられない魅力があった。
この世界の誰とも違う純粋さ。
争いのない平和な世界で生きてきたと、そうイオが話していたが、思わず触れてしまいたくなるほどの春の陽だまりの様な優しい暖かい空気をイオは纏っている。だからこそ、白龍や白瑛だけでなく、あの難しい気質の紅覇や紅玉も心を許しているのだ。
そんな彼女を欲しいと言う紅徳の気持ちはよく分かる。が、許せるものではない。

「・・・渡すわけがない」

初めに彼女を手にしたのは自分なのだから。
今更、他の人間に横から奪われる様な間抜けな失態など犯しはしない。

知らず知らずの間に手に力が篭っていたのか、握られた筆の軸にピシリと小さなひびがはしっていて、それを少々乱暴に筆置きにに戻すと白雄は何時になく苛立った様子で部屋を後にした。


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