短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ07

「あーーーーーっっつい・・・」

季節は夏真っ盛り。
昼餉を終えて、台所で洗い物の手伝いを終えて休憩をしていたところで、じりじりと焼けつくような日差しと、まとわりつくような湿度を含んだ風にイオは思わず唸りながらパタパタと胸元を広げて風を送ろうとする。着物合わせ目を少しだけ緩めようと人差し指を差し込んだところで、「だらしないですよ!」と年嵩の侍女から叱責が飛んで思わず首を竦めてしまった。
申し訳ないと、頭をさげたが暑さは和らぐわけはなく、どうにもならないという脱力感からさらに気分は落ち込むばかりだ。

「アイスとか、食べたい・・・」

元いた世界ではお小遣いで簡単に手に入ったアイスクリームも、今では手に入らない嗜好品だ。むしろ存在するのかも怪しい。

「作れないかなー、アイス。確か、卵と、牛乳と、砂糖と・・・・」

そういえば幼い頃、母親と一緒に手作りで作ったことがあるな、と思い出しながら材料を呟くがそもそもこの世界には冷やすための冷凍庫がないことを思い出して、「うぅ・・・」と唸り声をあげてアイスを作るという夢は撃沈した。

「せめて氷が大量にあれば・・・」

そうすれば、なんとか作れるかもしれない。けれども、この時期の氷は王族でも口にできるか分からないというほどの貴重品だ。標高の高い気温の低い洞窟などに、冬の時期にできた氷を保存しておいて夏場に平地まで運ぶため手間もかかる。白龍達でさえめったに食べられない物を自分が容易く手に入るわけがない。

「アイス、アイス。甘くておいしいのに・・・冷たいし・・・」
「それうまいのか?」
「美味しいよぅ・・・こんな暑い日にはもってこいなの・・・」
「じゃあ、つくれ」

うだる熱に浮かされるように呟いていた独り言に、突然帰ってきた声にイオはやる気なく返した後、慌てて背筋を伸ばす。視線を声の方に向けると、いかにも高貴という服を纏った小さな少年がいてイオは目を丸くした。

「えっと・・・」
「さっさと作れ。早く食べたい」
「あの、でも・・・材料がなくて・・・。というか、貴方は・・・」

白龍と同じ年ごろの少年は、つんとした表情のまま慣れた様子で命令を下す。その様子は、どう見ても上位に立つ者の様子でイオはおずおずと素性を尋ねた。

「俺はしんかん。この国のマギのジュダルだ」
「神官?えっとジュダル様・・・?」
「きやすく名前をよぶな。ころすぞ」

物騒なことを表情も変えずにあっさりという少年に、イオは若干引きつつも曖昧に笑みを浮かべる。

「えっと・・・承知しました、神官様。それでですね、そのお作りしたいのは山々なのですが、材料が足りずに作れません」
「なにがないんだ?」
「えっと・・・その氷が・・・沢山必要なんです。」
「こおり?」

首をかしげるジュダルに、イオはコクリと頷いて見せる。暫く悩むように眉を寄せたジュダルが「わかった」と頷くと、すたすたと歩き出す。小さな足取りで水がめの方に向かうと、手に持った指揮棒の様なものを一振りする。
何をするのかと、首を傾げれば突然水がめから氷柱が立ち上がってイオは「わぁっ!」と驚きの声を上げた。
どうやら水がめに溜めてあった水がすべて氷になっているらしい。おそるおそる近づいて、触ってみると確かにそれはすべて氷になっていて指すような冷たさを指先に伝えていた。

「えっ・・・ほんと?」
「これでいいだろ、さっさとやれ」

何でもないと言う様に、澄ました顔のジュダルにイオは唖然とした表情のままジュダルに向き直った。

「これ、ジュダル様がやったんですか・・・?」
「そうだけど・・・きやすく名前を・・」
「すごい!すごいですジュダル様!わぁ本当に氷になってる。わぁ・・・、これがもしかして『魔法』なんですか?すごい!私、初めて見ました。こんなにすごいものなんですね」
「・・・そ、そうか?べつに、こんなのたいしたこと・・・」
「そんなことありません!ジュダル様はすごいです。これでアイスが作れます」

今まで表情のなかったジュダルの顔に、少しだけ赤みがさす。戸惑うに視線を逸らして、もごもごと口元を動かした後、恥ずかしそうに引き結ばれた。

初めて見せた子供らしい表情に、白龍の姿が重なって思わず頭を撫でてしまう。黒い、艶やかな髪の感触をさらりと手のひらに感じた同時に、驚いたようなジュダルの表情が見えて、慌てて手を外して深々と頭を下げた。

「も、申し訳ありません。つい興奮して我を忘れてしまいました。それに白龍様とよく似ていらっしゃったので・・・。失礼なことをしてしまいました。お許しください」
「・・・いい、ゆるす。・・・おまえ、白龍をしっているのか?」
「はい、私は白龍様と白瑛様のお世話をさせて頂いています」
「・・・そうか」
「では、これからお作りしますね。暫くかかるのでお待ちになってください」

そう告げるとジュダルは黙ってこっくりと頷いて、庭の方へと向かっていった。


牛乳と卵、それに砂糖を弱火にかけながら煮詰めたあと、香りづけの為に少しだけシナモンを入れる。バニラビーンズがあればよかったのだが流石に見当たらず、シナモンで卵の臭みを抑えることにした。
すこし、とろりとした牛乳からはシナモンと甘い香りが立ち上がっていて、鼻孔を擽る。舌の上によみがえる冷たい味に、ゴクリと唾液を啖呵しつつ、イオは鍋を火から下ろすと大量にある氷を使って冷やし始めた。
鉄なべの周りに砕いた氷を大量に入れてその上に塩を振りかける。こうすることで氷点下以下に温度が下がるのよ、と笑いながら教えてくれた母親の言葉を思い出しながらイオはカシャカシャと菜箸を動かし続ける。だんだんと中の液体が冷やされて菜箸が重くなるのを感じながら必死で腕を動かすと、鍋の周りに薄黄色の塊がくっついてきた。

「で、出来てる・・・!」

歓喜の声をあげながら、腕を動かせばやがて鍋にびっしりとアイスがくっつく。液体がなくなったのを見計らって、おそるおそる匙で少し掬って食べてみれば、シナモンの味と甘いミルクの味、そして何より冷たい感触が舌の上でゆっくり溶ける懐かしい感覚にイオは噛みしめるように味わった。

「・・・美味しい!」

味は素朴だが、十分に美味しい。
出来たアイスを硝子の器に盛りつけると、イオは庭で待っているだろうジュダルの元に急いで持って行った。

「神官様、できましたよ!」
「ほんとかっ?」

所在なさげにぽつんと木の下で待っているジュダルが声をかけると嬉しそうに目を輝かせて此方を見上げてくる。御盆にのせた硝子の器の上にはこんもりとアイスが盛られていて、気温で少し溶け出していた。

「はい、こちらが『アイス』です。冷たいのでお気をつけてくださいね」
「これが・・・」

じぃっと見つめたあと、ジュダルは少しだけ匙で掬ったアイスを怖々と口にいれる。口に入れた瞬間、びくりと体を震わせたあと、目を見開いて「おいしい」と呟いた後、ぱくぱくと勢いよく食べだした。

「お気に召しましたか?」

イオの言葉に、コクンと頷きながら匙を口に運ぶジュダルにイオも嬉しくなって口元を緩める。慌てて食べているために、口の周りについたアイスをイオは持ってきた手拭いで優しく拭ってやれば、くすぐったそうに首を竦めた。

「よかったです。これも神官様が氷を作ってくださったおかげですね。ありがとうございます」

ちらりとこちらを見上げたジュダルが、恥ずかしそうに頬を染めて下を向く。もごもごと小さく呟く声に何かと耳を寄せれば、彼は恥ずかしそうに「名前で、よんでいい」と囁いた。その言葉に、イオは何度か驚いたように瞬きをした後、小さく笑う。どうやら気を許してくれたらしいジュダルに嬉しくなって、自然と笑みが深くなる。

「はい、わかりました。ジュダル様」
「おまえはなんていうんだ?」
「私ですか?私はイオと申します。そういえば、自己紹介がまだでしたね。失礼しました」

そう謝れば、ジュダルはふるふると首を振った。

「イオ・・・・、また、この『あいす』をつくれ」
「はい、よろこんで」
「やくそく、だぞ」

じっとこちらを見上げる赤い瞳にこっくりと頷けば、ジュダルも嬉しそうに子供らしく笑って見せた。



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