短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ06

イオと出会ったのは本当に奇跡の様な偶然だった。

まだ春になったばかりのころ、まだ朝はよく冷えて時折霧の様な深い靄が中庭に立ち込めることがあった。柔らかな朝日を浴びて、ふわりと光を拡散させる外の景色はとても幻想的で、ぼんやりと見つめてしまうほどには美しい。
しばらくぼうっと視線を庭に向けていると、段々と霧が晴れていくのが見えて、少し残念に思いながらも、また変わらぬ一日が始まると椅子から腰をあげようとした時だった。
白い靄の一部が集まって、ぼんやりと光を帯びていく。
日光ではない、もっと不思議な虹を拡散させたような不思議な色合いに満ちた光に何事かと目を見張った。本来ならば警戒すべきなのに、なぜだか全く恐ろしくなくて、むしろどこか胸の奥が温かくなる感覚がして、思わず人を呼ぶこともせずに成り行きを見守ってしまう。
段々と光は収まっていき、その代わりに何かが形を成していくのをみて、白雄は思わず目を凝らすように細めて見せた。

その瞬間、ふわりと風が吹いて庭の靄を浚っていく。一瞬目を閉じたがすぐに再び目を凝らすとそこにはすでに靄はなく、見慣れない不思議な少女がぽつりと目を丸くさせて立ち竦んでいた。
不思議な格好をした少女は、なんの警戒心もなく唖然としてその場に立っている。何度か瞬きをした後、ゆっくりと首を巡らせて状況を確かめていた。
同じように、呆然として少女を見つめて続けていた自分と視線がぶつかるのは必然だったのだとおもう。なんの意図も含まない、真っ直ぐな視線は久しぶりで、言葉を発することもなく見つめ合ってしまった。
綺麗な瞳は、透き通った黒い色だ。髪も瞳も黒色なのに、彼女はどこまでも白く、綺麗だった。たとえるなら、白く、混じり毛のない羽毛のようで柔らかく暖かい印象に、思わず視線を逸らせなくなる。
時間にすれば数秒だっただろうが、触れてみたいと、そう湧き上がる渇望に手を伸ばそうとしたところで、大きな声が響いた。

「何者だ!侵入者か?!」

夢の中の様な静寂を破った鋭い声に、少女は弾かれた様に身体を震わせて視線を逸らす。大きな声が近づいてきたことに怯えたように体を縮こませてぎゅっと手の中に持っていた荷物を抱きしめる。
逃げ出すこともせずに、あたりを見渡している間に彼女の周りを囲う様に兵士たちが取り囲んだ。

一目見て、只者でないという風貌の少女に兵士たちは抜き身の武器を突きつけて威嚇をする。大きな声で、「何者だ!」と怒鳴られるたびに、哀れになるほど慌てて瞳に涙を浮かべてしどろもどろになってしまう。

「貴様、どこかの間者か?!どうやって殿下の部屋までたどり着いた!」
「え・・・?あ、わ、わた・・・」
「動くな!少しでも動けば斬る!」

ほんの少し突き出された剣の切っ先が少女の白い腕に刺さった、ぷつりと肌を破ったらしい。かすり傷にもなら程度だったが少女はびくりと体を震わせてさらに怯えた様にその場に座り込んだ。

「何をしている、さっさと立て! ・・・おい引き立てろ!」
「いっ・・・」
「やめろ」

兵士の一人が座り込んだ少女の腕をつかんで無理やり立たせようとしたところで、ようやく白雄は金縛りが溶けたように声を出した。どこか、夢を見ていた様な現実感のなさに行動が遅れてしまったのことに胸中で舌打ちしつつ、すっと手をあげて兵士たちに下がる様に命じる。

「し、しかし・・・こんな怪しい奴を」
「その少女は危険なものではない」
「ですが・・・」
「手を見てみろ。少なくとも戦う者の手ではない。手荒くするな」

ずっと見ていた自分は彼女はどこからともなく現れて、しかも彼女ですら意図しない形でこの場に現れたことを知っている。
今も、怯えたように小さく震えながら成り行きを怖々と見守っている少女はどうみても力のないか弱い少女で、白雄はすっと兵士の間と抜けるとしゃがみこんでいる少女に合わせる様に膝をついて、片手を差し出した。

「大丈夫か?手荒い真似をしてすまなかった。怪我はないか・・・?」

決して自分から触れることはせず、少女が触れてくれるまでじっと待つと、少女は何度か白雄の顔と手を見比べた後、そっと震える手を差し出してきた。
差し出した手に触れた少女の手のひらは信じられない程に柔らかく、やはり彼女は間者ではないと確信して、ふわりと笑みを浮かべてしまう。
ぎゅっと小さい手を握りしめて、ゆっくりと立ち上がらせると、いまだに警戒に満ちた視線を向けて武器を手にしている兵士たちをちらりと見やって武器を下ろすように、視線だけで命じた。
渋々、というか彼らも戸惑ったようにお互いを見合わせてゆっくりと武器を収める。全員の剣先が少女に向けれていないことを確認して、白雄は再び少女に視線を戻した。
立ち上がったために、頭一つ以上離れてしまったが彼女は少し上目使いで、けれどもしっかりとこちらを見つめている。
安心させるように、ゆっくりとした声で名を尋ねれば、一瞬口ごもったあと「・・・シノミヤ イオです」と名乗った。

「そうか。私は、白雄。練 白雄という」
「はく、ゆう・・・さん?」

確かめる様に名前を呟くイオに、周り者たちはぎょっとしたように目を剥く。この国の第一皇子たる自分に、気軽にさん付けで呼ぶもの等ほとんどいない。けれども何故か嫌な気はしなくて、一層深い笑みを浮かべて「あぁ」と頷いてみせた。

「イオ、一先ず何が起こったのかを確認させてほしい。君は、望んで此処に来たのではないのだろう?中で話をしよう、悪いようにはしないと約束する」

自分が見ている限り、彼女は何もない場所から突然現れていた。しかも、今のいでたちも全く見たことのない着物を纏い、この国の風俗とは全く違う恰好をしており、遠い異国から来たことは明らかだった。
イオはゆっくりと、しかし力強く頷いたのをみて白雄も一度頷き返して、握ったままだった手を引いて彼女を連れて歩き出した。




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