短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ05

ちくちくと、針を進めながら少し辛くなってきた体を伸ばすようにぐっと伸びをする。ぽきぽきと小気味いい音を立てながら体が動く感触にイオは知らず知らずのうち「うー」と呻くような声を漏らしていた。

「よしっ、あと少し・・・」

元の世界であれば、ミシンを使ってあっという間に縫えていたものも、この世界ではすべて手作業で行わなければならない。確か江戸時代に電気を使わないミシンがあったはずだが、そんなものを作れる技術も知識も持ち合わせていないので、手でひと針ひと針縫うしかないのだ。なれた針子であれば、着物であってもあっという間に縫えるのだが、縫物など家庭科の時間に簡単にしか習わなかったので、ちょっとした小物を作るのにも長い時間がかかる。
今、作っているものだって、三日かけて何とか終わりが見えてきたところだった。

「うん、あとはココを縫いとめて・・・よし!できた」

パチンと、糸を切り落としてイオは手の中にある髪飾りを誇らしげに、蝋燭の火に翳してみせた。

「初めてにしては上出来よね。うん、シュシュっぽい」

可愛らしい小花の絹布で作られた髪飾りにイオは顔を綻ばせる。元の世界ではシュシュと呼ばれたこの髪飾りは華やかな布を大目に使うことで、綺麗なひだがたくさん出来て、とても可愛らしい髪飾りになる。何より、簡単に髪を纏められるので夜に休む時などに白瑛に使ってもらうと思っていたのだ。

「ふふ、喜んでくれるかな二人とも・・・」

イオの手の中にある髪飾りはふたつ。
一つは薄青の布地の白瑛のもの。もう一つは赤い布地の紅玉のものだ。
2人の喜ぶ姿を想像して、イオは顔を綻ばせながら、片付けをして寝台へとむかった。





「イオ、これはなぁに?」

白瑛が不思議そうに手の中にある髪飾りを見つめて首をかしげる様子にイオは、笑み浮かべて「髪飾りですよ」と微笑んだ。

「私のいたところではシュシュって呼ばれていたんです。簡単に髪をまとめられるから、夜眠るときなどに使っていただけるかと思って」
「そうなの?わぁ、不思議!伸びたり縮んだりするのね」

シュシュの中身であるゴムにはイオがこの世界に来た時に持っていた髪ゴムを利用しているのだが、この世界にはゴムという物がないのでそれも物珍しさを買っているのだろう。白瑛は目を丸くして、シュシュを伸ばしたり縮めたりして遊んでいた。

「貸してください、白瑛様。ほらこうして髪を纏めて結うと・・・」
「可愛い、布の花が咲いたみたい!」
「正式な場所では使えませんが・・・、これなら簡単に、髪を結えるので一人でも結べますよ」

長い髪の白瑛は、夜眠るときに癖がつかない様にすることに苦労しているのだが、これを使えば簡単に結えるので白瑛一人でも使えるだろう。

「ありがとう!とっても気に入ったわ」

そういって抱き付いて礼を述べる白瑛に、イオも作ってよかったと心から思って笑顔で小さな体を抱きしめた。

無事、白瑛はシュシュを喜んでくれたので次は紅玉に渡そうと、白瑛たちが住む後宮とは別にある紅徳の親族がすまう場所へと足を進めた。ここは紅炎や紅玉をはじめとした、紅徳の子供や正妃をはじめとした多くの側妃が暮している場所で、人数だけでいえば白瑛たちが住まう後宮よりもずっと多くの人が暮している。
なにしろ、紅徳は好色家としても有名で、兄である白徳皇帝とは対照的に沢山の妃を娶っているのだ。それこそ、紅玉の母のように市井から連れてこられた者もおり、その多くが紅徳の興味を引こうと互いにけん制しあい、蹴落としあっているらしい。毒を送りあったり、陰湿ないじめをしたり。そのとばっちりを受けて、命を落とした侍女も少なくないという噂まである。
まるで、昔のドラマでみた江戸時代の大奥のようだと、その話を聞いたときに思ったものだ。

現に、紅玉も母を失い誰にも顧みられることもなく、この宮中の隅でひっそりと生きているのだ。
誰にも構われることのない、小さな身体を思い出して、イオはぎゅっと口を引き結んだ。

「せめて、少しでも辛い事が忘れられたらいいけれど・・・」

年ごろの女の子らしく、綺麗に髪を結わってあげると花のように笑う紅玉の姿を思い浮かべながら、ぎゅっと手の中のシュシュを握りしめる。
きっとこれを渡せば喜んでくれるはずだ、と期待を胸に長い廊下を歩いていた時だった、ふいにとある部屋の前から何か諍う声がして歩みを止める。何かと首を傾げたところで、ガタンと中から勢いよく侍女が飛び出してきて、咄嗟の事に避けることも出来ず倒れこんでしまった。

「きゃあっ」
「も、申し訳ありません、ひぃっ・・・」

侍女はこちらに目もくれず、部屋の中の誰かに怯えた様子で謝罪を続ける。額を廊下に擦り付けるように深々と土下座の様な礼を取ったあと、慌てた様子でバタバタと走り去っていった。

「な、なに・・・?」
「お前、誰?」

呆気に取られてその後姿を見やっていたところで、固い幼い声を掛けられて顔を向ける。そこには、片手に包丁程の小さな刃物を持った少年が、乱れた髪の下からギラギラと此方を見下ろしていて、イオは思わず息をのんだ。
今まで見た誰よりも警戒と悪意に満ちた視線に、身体が硬直してしまう。
何も言えずに黙り込むイオの鼻先にひゅっと刃物先が突きつけられて、さらに喉の奥が引き攣ったように恐怖で息が吐けなくなった。

「喋ることが出来ないの?それとも言葉が分からないのか?なら、その口も、耳もいらないんだよね?僕が切り落としてあげようか?」

その言葉がただの脅しでないことは明白で、イオは慌てて首を振って先ほどの侍女と同じように頭を下げた。

「も、申し訳ありません・・・、突然のことで驚いてしまって・・・、わ、私は白瑛様と白龍様に付いております侍女でイオと言います」
「・・・なんでここにいる?殿下達の住まいはここじゃないだろ?」
「今日は、紅玉様にお渡ししたいものがあって、それでこちらに・・・」

身体は小さく、紅玉や白龍と同じくらいなのに言葉はしっかりとしていて、イオはわずかに驚きながらも言葉を返した。

「・・・紅玉・・・たしか、母親が遊女の・・・」

ようやく、言葉から厳しさが抜けた気がして、イオはそろりと視線を上げる。そこには未だにこちらを向いた刃先あったが、先ほどの様な身も凍る様な恐怖はなくてようやく息を吐き出した。
落ち着いて目の前の少年を見てみれば、彼は紅玉と同じ髪の色をしていて、紅徳の血縁であることは明らかで、違った意味でぐっと背筋に緊張が走るのが分かった。
おそらくは紅徳の側室の誰かが産んだ子なのだろうが、とても皇子とは言えない風貌には彼が紅玉のように、この宮中で疎まれていることを如実に表している。じっとその瞳を見つめれば、少しだけ居心地悪そうにたじろいだ。

「何?何か用でもあるの?」
「いえ、申し訳ありません・・・、その私はまだこちらに来てから日が浅く・・・貴方様の名前を知りません。それで、もしよろしければ名前を教えていただけないかと・・・」
「僕の?・・・名前なんて知ってどうするのさ」
「・・・でも名前が分からなければ、これからお呼びすることができません・・・」

まさかずっと『貴方様』なんて呼び方はできないだろう。そう思って素直にそう口にすれば、一瞬驚いたように目を開いた少年がぎゅっと口を引き結んだあと、小さな声で「・・・紅覇」と呟いた。

「こう、は様ですね。ありがとうございます」
「呼んでいいなんて言ってないけど?」

じろりと睨んでくる紅覇にイオは慌てて、「すみません」と謝った。

「まぁ、別にいいけど・・・。それで、お前、紅玉に何を私に行くつもりだったの?見たところ、何も持ってなさそうだけど」
「あ・・・、えっとその、これです・・・」

ぎゅっと手の中に握りしめたままだったシュシュをみせると、紅覇の瞳がじっとそれを見つめる。暫く見つめたあと小さく「なにこれ・・・」と呟いて小さく首をかしげる姿が、ようやく年相応に見えて、思わず笑みを浮かべた。

「な、なんだよ!知らないのがそんなにおかしい?!」
「い、いえ。これは私が作った髪飾りなのです。ですからご存じなくて当然です」
「髪飾り・・・。これが?」

ぐぐっと眉根を寄せた紅覇にイオはまた小さく笑みを浮かべそうになって押し殺した。
この世界の髪飾りといったら大半は簪だ。それ以外は髪ひもで結わうので、初めから円の形になっている髪飾りの使い方が分からないのも当然だ。

「こうやって伸ばして使うんですよ」
「広がった!」

びよーんと手で伸ばして見せれば紅覇は、同じくらい大きく目を見開いて驚いた。

「はい、伸び縮みするのでこうして髪をまとめれば簡単に結えるんです。紅玉様でも簡単に扱えると思って・・・」
「・・・簡単に髪を結えるんだ・・・」

小さくつぶやいて、そのまま黙り込んだ紅覇に「どうされました?」と声を掛ければ彼は、何かを我慢するように、ぐっと唇を噛みしめてまだ幼い手ですっとシュシュを指した。

「・・・これ、僕に譲って・・・」
「え?」
「これなら、僕でも簡単に髪が結える・・・だから、僕に・・・」
「で、でも紅覇様は結うほど髪は長くありませんが・・・」

紅覇の髪は肩口ほどだ。結えないわけではないが結い上げる必要もないだろう。現に今も彼の髪は前髪が三つ編みになっているだけで、伸ばされたままだった。不思議そうなイオの言葉に、紅覇は小さく首をすると「僕じゃない」とうつむいた。

「では誰かに結って差し上げるんですか?」
「・・・母上に・・・」
「お母様に、ですか?」

ちらりと紅覇の視線が部屋の中に移るのに倣ってイオも部屋の中へと視線をやる。
中は薄暗くよく見えなかったが、部屋の中央に床に座り込んだ人影が見えて、思わず目を見開いた。

「あのお方は・・・」
「見るなよっ!・・・もういい!あっち行け!」
「っきゃあ!」

癇癪を起したように怒り出した紅覇が、ぶんっと大きく振った刃が、僅かに手をかすめてイオは慌てて一歩下がった。ちりっと、紙で指を切ってしまった時の様な熱さが手のひらに宿って、思わず手を胸の前で握りしめて一歩下がる。
目の前で最初の時の様に鋭くこちらを睨み付ける紅覇は、小さな猛獣のように体から殺気をみなぎらせていて、イオは彼の触れてはいけない部分に触れてしまったのだと悟った。

「紅覇様・・・」
「僕の名前を気安く呼ぶな!さっさとあっち行け!じゃないと、もう一度・・・!」

そういって刃を振り上げた紅覇にイオは思わず目をつぶる。次に来る痛みに耐える様にぎゅっと体を縮こませたが、その衝撃はいつまでも来なかった。恐る恐る薄目を開けると、そこには険しい表情をした紅炎がいて、刃を振り上げた紅覇の手を掴んで止めていた。

「こ、紅炎様・・・」
「え、炎にい・・・」

2人に名前を呼ばれた紅炎はいまだに眉を顰めたままだったが、ゆっくりと紅覇の手を下ろさせると、静かな声音で紅覇に部屋に戻るようにと告げた。

「・・・わかったよ」
「よし、いい子だ」

そういって紅覇の頭を一度撫でたあと、紅炎はこちらを向く、掴まれと言う様に手を伸ばしてきた紅炎に、思わずその手を掴むとぐっと体を引き起こされて立ち上がらせてくれた。

チラリとこちらを一度見たあと、無言で部屋へと入っていく紅覇の表情は少しだけ悲しそうで、イオは思わず追いかけそうになったがそれを押し留めるように紅炎が立ちふさがった。

「話がある、こっちへ来い」
「・・・はい」

固いその声に、叱られるのだと思わず俯いて頷くと、「ついてこい」と言われたまま紅炎はすたすたと歩き出した。
連れてこられたのは人気のない小さな庭で、周りに誰もいないことを確認した紅炎が此方に向きなおる。

「弟がすまなかった。傷は大丈夫か?」
「えっ・・・あ、はい大丈夫です。かすり傷ですから・・・」

叱られるものだとばかり思っていたので、第一声に謝罪を受けてイオは一瞬反応が遅れてしまう。慌てて手のひらを見せて大丈夫だと告げれば、一筋赤く線のついた手のひらに紅炎が眉を寄せた。

「後で、傷薬を届けさせる。・・・紅覇を許してやってくれ」
「そんな、私こそ出過ぎた真似をしてすみません・・・」
「・・・お前はあそこで何をしていたんだ?白龍殿下達がいらっしゃるところとは真逆だぞ」

紅炎の言葉に、イオはぽつりぽつりと何があったのかを話し始めた。
紅玉に会いに行くところだったこと、その途中で紅覇に会ったこと、そして部屋の中でうずくまる人物を見てしまったこと。

そこまで話すと、紅炎が小さく溜息を吐いて「そうか・・・」と納得したように頷いた。

「あれは、紅覇の母親だ。・・・心を病んで、まるで赤子のようになってしまっている」
「心を・・・」
「紅覇はそんな母親の母親を演じている。世話を焼き、頭を撫でてやる。だからか、母親に近づこうとする人間に酷く攻撃的になるんだ」
「そう、でしたか・・・」

髪飾りが欲しいといったのも紅覇が彼女の髪を結ってやる為と言っていたことを思い出してイオは手の中に握り続けていたシュシュを見下ろした。

「・・・紅覇にはよく言い聞かせておく、今日はもう後宮に戻った方がいい。傷の手当をしておけ。痕になったら大変だ」
「はい、ありがとうございます」

そういって紅炎に頭を下げた後、イオは少し迷ってから紅炎にシュシュを差し出した。

「これを紅覇様に、渡していただけますか?」
「・・・だがこれは・・・」
「紅玉様には新しく作ります。材料はまだありますので・・・。それよりも紅覇様に渡してください」

驚かせようと思っていたので、紅玉にはまだシュシュのことは話していない。二日ばかり渡すのが遅くなってしまっても、大したことではない。

「・・・わかった」
「それと、『私は髪の扱いが得意ですので、もしよければ髪の手入れをお手伝いさせてください』とお伝えいただけますか。・・・まだ、これの使い方も正確にお伝えできていませんでしたので・・・」

紅炎に渡したシュシュに視線を落とすと、紅炎もつられて視線をシュシュにやる。
そのあと、じっと静かに見つめてくる視線ににこりと笑ったあと、イオは静かに頭を下げた。

「伝えておく」
「はい、宜しくお願いします」

シュシュを襟もとにしまい込んだ紅炎が、すっと去っていくのを見ながらイオも後宮に戻ろうと踵を返したところだった。
「イオ殿」と声を掛けられて、イオは思わず振り返った。

「弟たちを気にかけてくれたこと、礼を言う」

初めて名前を呼ばれた衝撃が強すぎて、イオは無言のままぶんぶんと首をふる。そんな様子に少しだけ笑みを浮かべた紅炎が、再び背を向けて去って行くのを見つめながら、イオは少しだけ紅炎に認められた気がして小さく笑みを浮かべた。



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