短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ04

小さく聞こえる鼻歌は、目の前を歩く白瑛から発せられるものだ。今日も彼女は綺麗に結われた髪にご機嫌で、少しだけ頭を気にする素振りを見せながらもルンルンで歩いている。その後姿を微笑ましく見つめながら後をついて行けば、まるで子兎が跳ねるようにくるりとこちらを振りむいた。

「ね、イオ!お散歩に行かない?気持ちいい陽気だし、風もそんなに吹いてないから、髪も乱れないわ」
「えぇ、勿論です、白瑛様。では私、日傘をお持ちしますね。」

まだ春の日差しとはいえ、そろそろ紫外線も気になる時期だ。この世界には日焼け止めという物がないので、肌を焼かないようにするには日傘を使うのがもっぱらだった。

「えぇー、別に要らないのに」
「そうはいきません。白瑛様の綺麗な肌が荒れたりしたら大変ですから。すぐに取りに行ってきますね」

そういって、早く行きたいと膨れる白瑛を宥めて、日傘を取って戻ってきた時には彼女は一人ではなかった。

「は、白雄様・・・」
「あ!イオ、お帰りなさい!あのね、散歩に行く話をしたら白雄兄様も一緒に行きたいっておっしゃるの。もちろんいいでしょう?」
「は、はい!あの、では日傘をもっとお持ちしないと・・・」

白瑛一人であれば、自分一人でも十分だったが白雄も共にとなれば、手に余ってしまう。だれか側使えの人を頼まねば、と思ったところで、ぽんと優しく大きな手が頭の上に置かれた。

「俺は大丈夫だ。今更日に焼けて気になることなんてない。白瑛だけに日傘をさしてあげてくれ」
「私もいりません!」
「駄目だ。日に焼けてしまったら、ひりひりと痛い思いをするぞ。そうなって辛い思いをするのは白瑛なんだから」

そう笑って白瑛を宥める白雄に、彼女も渋々ながらコクリと頷いた。

「じゃあ行こうか、ほらイオもおいで」

差し出された手に一瞬戸惑いながらも、おずおずと手をのせればグイッと引っ張られる。少し空いていた距離がなくなって、二人に並ぶように近づいたイオに、微笑んだ白雄の顔を直視できなくて思わずそわそわと目を逸らせば、不思議そうに見上げる白瑛の視線とぶつかった。

「イオ、少し顔が赤いみたい・・・。大丈夫?」
「だ、大丈夫です。傘を取りに行くのに走ったので・・・その所為ですから・・・。すぐに収まります」
「そう?よかった」

そう笑う白瑛に、イオは日傘をさしてやる。白雄と白瑛、そしてその横に並んで歩きながらイオは、ドキドキと胸が高まるのが止められない。大好きな人の心を許した者にしか見せない柔らかな表情と声が耳に届くたびに、体温が少しずつ上がっていくのを感じた。

「わぁ!もうあんなに葉が茂ってる。白雄兄様、少し休憩しましょうよ」

白瑛が差したのは、城内でも一番大きな紅葉の木の下だ。秋には見事に赤く色ずく葉も、今はまだ青々と茂っていて、日光を遮る様に大きな木陰を作ってくれていた。
白瑛の望むままに、木陰に腰を下ろした二人の姿を微笑ましく見つめていたかったが、侍女である自分が一緒に座るわけにもいかない。
このまま此処に立ち尽くすわけにもいかず、イオは二人ににっこりと笑いかけた。

「私、何か飲み物を用意してまいります。どうぞ白雄様たちは此方でお待ちください」
「え?私は大丈夫よ!まだ喉も乾いていないし・・・、それにせっかくだからイオと一緒がいい!」
「俺も喉は乾いていないから、そんなに気を使う必要はないよ。それよりもこっちきて座るといい」

笑顔で手招きされてイオは一瞬あたりを伺うように視線をやるが、目につくところには誰もいない。「座って」と急かす白瑛の声にも押されてイオはおずおずと二人の傍に腰を下ろした。

「ふふ、今日は素敵な日です。白雄兄様と、イオと一緒にお散歩ができるなんて・・・。きっと白龍が聞いたら羨ましがるわ」
「確かに、白龍もイオを慕っているからな・・・、白瑛、あまり白龍をからかってはダメだぞ」
「はぁい」

機嫌よく笑う白瑛に、イオは苦笑を浮かべる。きっとこの姉姫は我慢できずに弟に自慢をして、泣き虫な白龍をむくれさせる未来が簡単に想像できてしまった為だ。

「あ、白雄兄様、ここ髪が乱れてます。どうかされたんですか?」
「ん?・・・あぁ、さっき鍛錬したときだな・・・白蓮に一本とられそうになって、ぎりぎりで交わした時に剣先が引っ掛かったのか」

白瑛に指摘されたところは確かに、髪が乱れていて、いつもきれいに纏められた白雄には珍しく毛が跳ねていた。
「後で直しておく」と笑った白雄に、白瑛が「そうだ!」とキラキラした笑顔を向けた。

「イオに直してもらったらどうでしょう?イオ、とっても上手なの!私の髪もやってくれるし、白龍の髪も結ってくれているのよ。白雄兄様の髪もすぐに綺麗にしてくれるわ!ね、イオ!」
「えっ?!」

突然降られた話にイオはびくりと体を跳ねさせる。
期待を込めてこちらを見つめる白瑛に慌てて首をふると、「い、いけません・・・」と震えそうな声で断った。

「結う道具も持っていないし、それに、白雄様の髪を結うなんて、そんな私なんかがやったら・・・」

第一皇子である白雄の身だしなみはすべて周りのベテラン侍女たちが行っている。服を着せる侍女、髪を結う侍女、全て決まっているのだ。それを新参者の自分が勝手に触れていいものではない。

「櫛なら持ってるわ!ほら、かみに使う飾りの物だけど、使えるはずよ。」
「で、でも・・・」
「イオ、気づいてしまうと気になるものだから簡単でいいから直してもらえるか?」

そう言って、乱れた箇所を指さす白雄に、否と言えるわけもない。イオは一度息をのんで、覚悟を決めたのち「分かりました」と頷いた。

白雄の背後に回ると膝立ちになる。腰を下ろした白雄よりも少し背が高く見下ろすような格好になったところで「失礼します」と声を掛けて彼の青みがかった白瑛と同色の髪を縛る紐を解いた。
白瑛よりもすこし固さの残る髪は、かすかに結ばれていた癖がついていて、それを慣らすように丁寧に櫛で梳いていく。飾り用の櫛なので、一度に少量の髪しか梳けないが、それでも根気よく、丁寧に、かつ素早く手を動かす。時折、白雄の肌に指先が触れるたびに、どきりと心臓が高鳴った。
綺麗に梳けたところで髪をひとまとめにしていく、長い髪を後頭部の高いところで集めると、いったん手櫛で髪を整えてから櫛で綺麗に纏め上げる。髪質自体は白龍によく似ていたので、段々とコツを掴めて来れば後は慣れた作業だった。おくれ毛がないように、丁寧に指でうなじのところをかきあげながら、髪ひもで結わう。最後に髪を隠すように、飾り布を巻けばすべて完了だった。

「わぁ!上手!イオ、さすがね」
「・・・よかった。鏡がないので確認して貰えませんが、後ろも綺麗にまとまっていると思います」

はしゃぐ白瑛が、上手だと褒めるのできっと失敗はしていないだろう。よかったと、緊張から解き放たれて息をついたイオに、くるりと振り向いた白雄が目を細めて笑った。

「ありがとう、助かった」
「い、いいえ。お気に召していただけたなら何よりです」

間近で見る、綺麗な笑みにイオの頬にも自然と熱が溜まる。それを誤魔化すようにイオも笑って見せれば、おもむろに白雄の手がイオの手を掴んだ。

「は、白雄様・・・?」

突然の事に、固まるイオにお構いなしに白雄はまじまじとイオの手を見下ろしている。何かを確かめるようにそうっと指で手先をなぞられて、ぞわりとした感覚に背中が泡立った。

「・・・すまない。ただ、白龍と白瑛がイオに髪を結ってほしいと強請る気持ちがよくわかる。イオの手は柔らかくて優しいな。ずっと触れていて欲しいと思ってしまうくらいに」
「・・・・っ」

そう微笑まれて、そっと手を離される。自由になった手を自分の胸へと引き寄せて、大事な物のように反対の手で握りしめていると、白雄の指がそっと米神の方へと伸ばされて流れる髪を耳にかけてくれた。

「また、気が向いたら髪を結ってくれ、イオ」

もはや、驚きが強すぎて声も出せずに真っ赤になった顔のまま何度も頷く。
力が抜けたように、その場にへたりこんだイオに、「大丈夫?イオ」と不思議そうにのぞき込む白瑛と、その横で満足そうに笑みを浮かべる白雄の姿は暫く続いていた。



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