短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ03

ぽかぽかとした陽気を感じながら、イオは目の前の銀食器を磨く。
既に周りの景色が映るくらいに、磨かれているがそれでもなお磨き続けるのは、今日がとっても暇な日だったからだ。

白瑛も白龍も今日は、それぞれの勉強があって朝から部屋にこもりきりだ。おやつを持っていく約束はしているのだが、先ほど昼餉を届けたばかりなのでまだまだ3時間近く時間がある。
今日のおやつは桃の甘煮なので、すでに準備もできてしまってやることがない。
部屋の掃除は午前の間にとっくに終わっているし、さてこれからどうしようかと手持無沙汰になって、仕方なしに銀食器を磨くことにしたのだ。
きゅっきゅっ、と布を滑らしていた時に、「誰か手の空いている人はいない?」という声が掛かってイオは勢い良く振り向く。此方の剣幕に一瞬の削る様に驚いた侍女に、「はい!私、手が空いてます!」と挙手をして応えれば、一瞬気まずそうに眼を逸らしたあと、「じゃ、じゃあ・・・」と言葉をつづけた。

「白瑛殿下方付の貴女にこんなこと頼むのも悪いんだけど・・・、紅玉姫様の湯あみを手伝ってあげてほしいのよ」
「・・・紅玉姫様?」
「皇帝の弟君の第八皇女よ。皇女っていっても、母親は遊女でね、あまり目を掛けられていないのよ」

本来であれば、専属に仕える侍女がいるはずなのだが、その侍女にも軽んじられているようで紅玉姫の都合に構いなく休暇を取って休んでしまうらしいのだ。

「今日は湯あみの日なのに・・・、だれも居なくて」
「私でよければお手伝いします。大丈夫です、白瑛様の湯あみをお手伝いしたことがありますから」
「そ、そう?なら、お願いね」

そういって、部屋の場所をつげるとそそくさと去って行ってしまう侍女の姿を見送りながら、イオは俄然やる気が湧き出てきた。
湯あみに必要なものを揃えて、お盆に乗せると早速紅玉姫の部屋へとむかう。どうやら湯の用意は既に済んでいるようなので、後は体を洗い、髪を濯いであげるだけだ。

「此処かな?」

白瑛たちの部屋に比べるとずっと小さく、簡素な扉の前に立って、部屋の中に声を掛けるが一向に返事がない。

「紅玉姫様?入ってもよろしいでしょうか?」

何度か声を掛けるが、まったくの無言なのでもしかしたら具合が悪くて倒れているのでは、と想像してイオは慌てて扉を押し開いた。

「あの!入りますね、紅玉姫様!」

言うが早いか、部屋に踏み入るとそこには誰もいなかった。どこに行ったのかと首を傾げたところで、カタリと小さく物音がしてイオが思わず視線を向ければそこには机のしたにうずくまる、小さな体があった。

「紅玉・・・姫様?」
「・・・・ご、ごめんなさい。おこらないで・・・」

怯えたように小さく体を丸める幼い少女の姿にイオは思わず目を剥く。
着崩れた着物に、ぼさぼさの髪は、手入れがされていないことは明白で、ふるふると震える姿は一層哀れな様子を引き立てていた。

「・・・・紅玉姫様?私は全然怒ってませんよ。だから、こちらにいらしてください。」
「・・・ほんと?」
「はい。紅玉様のお顔を見せてください」

努めて柔らかい声を出しながら、床に膝をついてそう語りかければ、紅玉は暫く躊躇った後おずおずと這い出てきた。その体は白龍と同じか少し小さいくらいだ。年齢は彼よりも上だと聞いていただけに、その細い身体にイオは顰めそうになる眉を必死にとどめてにっこりと笑いかける。

「初めまして、私はイオと申します。今日、紅玉姫様の湯あみをお手伝いさせていただきます」
「イオ・・・、わ、わたし、湯あみはイヤ・・・、いたいのイヤなの・・・」

ふるふると涙を堪えて訴える姿に、イオはゆっくりと頭を撫でる。
怖がらせないように、そっと腕に抱いて紅玉の顔を覗き込んだ。

「痛い?お湯に入るのがですか?どこか怪我をなさっているのですか?」
「ううん、ケガはない・・・でもゴシゴシされるのイヤなの」

きっと、彼女の世話をする侍女が乱暴に扱ったのだろう。ぎゅっと目を閉じて耐える様に体を縮こませた紅玉にイオは、どうしようと視線を動かした。
湯あみを取りやめることは簡単だが、そうしたら彼女はこれからずっとお風呂は怖いものだと怯えてしまう。それどころか、次に風呂に入れる侍女が汚れていると、もっと彼女を手ひどく扱うかもしれない。ならば、とぎゅっと紅玉を抱く腕に力を入れて抱き上げると、すっくと立ちあがった。

「紅玉様、お約束します。絶対に痛いことはしません。だから私とお風呂に入りましょう?そうだ、それにお風呂が終わったら甘いおやつを用意します!冷たくて甘い桃ですよ。お好きですか?」
「桃・・・・うん、すき」
「ではすこーしだけ頑張りましょう? もしお湯が熱かったり、痛かったりしたらすぐにやめますから」

そう笑いかければ、紅玉は少し考えるように視線を巡らせたあと、コクリと小さく頷いて見せた。





紅玉に湯あみ用の浴衣を着せた後、お湯がたっぷりと用意された風呂に向かう。檜で作られたそれは、温かい湯で満たされていて、黙々と白い湯気を立ち上らせていた。

目の前の椅子にちょこんと座る紅玉に「お湯を掛けますね」と声を掛けてから体にお湯をかける。温度に気を付けながらゆっくりと流してやれば、小さな体は初めこそ緊張に震えていたがすぐに弛緩した。

「大丈夫ですか?」
「うん」

先ほどよりも幾分か慣れたのか、普通に返事を返してくれる紅玉に、笑いかけながらイオは用意した石鹸をこれでもかと泡立てる。もともと煌帝国ではあまり石鹸を使っておらず、鶯の糞入りの糠などが石鹸の変わりだったのだが、やはりそれだと肌をごしごしと擦らなくてはならないので、石鹸を使うことにしたのだ。
もくもくと雲のように泡を立てる様子に紅玉の瞳が不思議そうに丸くなる。それをにっこり笑ってみながら、浴衣を脱がせた肌に泡をのせてゆっくりと手拭いを滑らせた。

「痛くないですか?」
「・・・うん、へいき」

これでもかと泡をのせてやれば、まるで羊のように紅玉の体が隠れてくる。楽しそうに泡で遊ぶ紅玉の顔に初めて笑顔が浮かぶのが見えてイオも思わず目を細めて微笑んだ。

「さ、髪も洗ってしまいましょう」
「はーい」

すっかり気を許した紅玉が明るく返事するのを聞きながらイオは泡を髪にのせて頭を擦れば「きもちいい」とうっとりしたような紅玉の言葉が聞こえてきた。



泡も流して、お湯にもじっくりつかって、すっかり綺麗になった紅玉は、子供らしい上気した赤い頬を緩ませながらぱくりと桃を食べている。たどたどしい匙使いで桃を口に運びながらも、幸せそうに笑う姿にイオもつられて、頬が緩みっぱなしだ。

「紅玉様、髪を乾かして櫛で梳きますね。痛かったらおっしゃってください」
「うん!」

さっきまでぼさぼさだった髪は今は綺麗に洗われて、香油も塗られてつやつやだ。赤く光沢のある髪は紅炎と同じ色で、そういえば彼とは母違いの兄弟なのだな、と思い出した。
髪を梳いて、髪を頂点で二つに結い上げればまるでリボンのようになる。紅玉が動くたびにぴょこぴょこ揺れる髪に最後に小さな簪を付けてあげる。白瑛が使う物とは比べ物にならない位、簡素なそれは端っこに申し訳程度に飾り玉が付いているだけだった。

「はい、終わりましたよ。」
「・・・わぁ、すごいきれい」

鏡を差し出してあげれば、紅玉が結われた髪を目を輝かせて見つめて、嬉しそうにはしゃいでいる。暫くうれしそうに首を振って仕上がりを見つめたあと、突然泣きそうに眉を下げた紅玉にイオは何か気に入らないことがあったのかと慌てて、顔を覗き込んだ。

「どうされました?どこか嫌なところがありましたか?」
「ううん、とってもすてき。ありがとう、イオ。・・・でも、もう行っちゃうんでしょ?」

紅玉のそばに居るのは湯あみの時だけ、しかも今日だけだ。その言葉を紅玉は覚えていたらしい。
泣きそうになる紅玉に、イオは宥めるように背中をさすった。

「紅玉様、今日の湯あみに使った石鹸を紅玉様の侍女に渡しておきます。これで洗ってくださいと、私からお願いしておきます。それに、もし紅玉様がよろしければ、いつでも私を呼んでください。」
「・・・イオを?」
「はい、湯あみの前の日に言っていただければ、私がお手伝いさせていただけるようにお願いします」
「ほんとう?」
「えぇ。その時は、また甘いおやつを用意しておきますね」

そう笑いかければ、紅玉は花咲くようにぱあぁと顔を綻ばせた。

「うん、またよ。ぜったいね、イオ」
「はい、お約束します」

そういって、小指を立てて差し出せば、紅玉がことりと首を傾げた。

「これは指切りといって約束をするときのおまじないです。紅玉様も指を出してください。」
「・・・こう?」
「はい、『指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます、指切った』。はい、これで約束は必ず守られます」

こくこくと何度も頷く小さなお姫様を、微笑ましく見つめながらイオはもう一度その頭を撫でた。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -