短い夢 | ナノ

箱庭の幸せ02

女の子ならば誰もが一度は髪の長い人形を買ってもらって、洋服を着せ替えたり、髪を結ったりして遊んだはずだ。
イオはまさしく、今その遊びの成果を問われている状況だった。

「イオ、どうかしら?」
「あ!待ってください白瑛様、もう少し・・・」

白瑛の綺麗な長い髪を丁寧に櫛で梳いた後、彼女の髪をひと房とって綺麗に編みこんでいく。「母上みたいに三つ編みをして」とせがまれて、耳の後ろから、編み込みを作って後ろで纏めたあと、さらにお団子にまとめた髪を三つ編みでくるりと撒いてみせる。最後に、最近、父である煌帝陛下に貰ったという簪をさしたところで、イオは「いいですよ」と声を掛けた。

「わぁ、鏡を見てきます!」

嬉しそうに鏡をのぞきこんだ白瑛に後ろが見えるように手鏡で合わせ鏡を作って見せてあげれば、鏡台に映りこんだ彼女の頬が桃色に紅潮していく。

「とっても素敵!さすがイオだわ、ありがとう」
「いえいえ、白瑛様の髪がお綺麗ですから、こんなにきれいに結えたんですよ」

元いた世界でも、髪を弄るのは好きだった。雑誌のまとめ髪特集なんかは必ず読んで、切り抜いていたし放課後に友人に頼まれて髪を弄ることもあったから得意ではあったのだ。といっても、前はちょっと乱雑にまとめて、ゆるふわにするのが主流だったがこちらではきっちりと纏め上げなくてはいけないので、多少骨は折れる。それでも、自分の思うとおりに結い上げられた髪に達成感も覚えていたし、白瑛がとても喜んでくれていることも何よりうれしかった。

「イオ、この髪型を兄上にも見ていただきたい!きっと剣の稽古をしているから、一緒におやつを差し入れに行きましょう」
「はい。ではまずは何かおやつになる軽食を貰ってきますね」

今日は白瑛以外の兄弟はそろって剣の稽古をする予定だった。なんでも白龍の初めての稽古らしく、興奮した白龍が昨晩遅くまで起きて、どれだけ白雄たちが勇ましいかを語ってくれていた。まずは炊事場で皇子達の軽食を用意してもらい、それを重箱に詰める。食べ物だけでは、と檸檬で香りを付けた水を人数分の水筒に詰めてもらったところで、イオは思った以上の荷物に一瞬小さなうめき声をあげた。

「お、お待たせしました。白瑛様。 さ、行きましょう」
「イオ、すごい沢山の荷物。私も何か手伝いましょうか?」

両手に水筒と重箱の包みを抱えたイオに、白瑛が驚いて手伝いを申し出てくれるが、イオは即座に首を振った。
そもそも私の仕事は白瑛たちの世話係である。その自分が逆に白瑛に手伝ってもらったなんて、ベテラン侍女の先輩に知られた日には三時間は説教されてしまう。「大丈夫だ」と笑って白瑛を安心させたあと、イオは前を歩く白瑛に続いて訓練場へと足を進めた。

「白龍はちゃんと稽古できているかしら。私も、剣の稽古してみたいわ」
「きっと白瑛様なら、並みの武官よりも強くなれると思います。・・・でも、今日はだめですよ?綺麗な髪が乱れてしまいますから」
「うん、分かっています」

はにかむように笑う白瑛はとっても可愛らしい。兄にもよく似た顔(かんばせ)に、優しく笑って手を差し伸べてくれた白雄の姿が重なってイオは懐かしそうに眼を細めた。

「白瑛殿下」

そろそろ、腕がやばいな。と内心、冷や汗をかいていた時に後ろからかけられた声に白瑛がくるりと振り返る。それに倣って、イオも振り返るとそこには、白瑛達とは違う赤い光沢をもった黒髪の青年が立っていた。その着物は白瑛達ほど豪奢ではないが確かに、皇族が身にまとう様なものでありイオは慌てて白瑛の後ろに回ると膝を折って頭を下げる。
青年も白瑛になれた様子で腰を折って一礼すると、白瑛がにっこりと笑って数歩青年の方へと走り寄った。

「紅炎殿、こんにちわ」
「お変わりないようですね。これからどこかへ出かけるのですか?」
「えぇ、兄上達の稽古を見にいくのです」

白瑛の言葉に、紅炎の視線がこちらに向くのが分かってイオは目線が合わないようにぎゅっと腕の中の荷物を抱きしめて頭を一層下げる。この紅炎は皇帝陛下の弟君の子息、つまり白瑛とは従兄の関係にあたる人物だ。よくドラマの世界などでは従兄同士は確執があったりであまり仲良くない、なんて展開がざらにあるが、この国ではそんなことは微塵もない。紅炎は白雄と白蓮を心から慕っているし、その妹でもある白瑛、そして白龍にも敬意をもって接している。そんな彼は、突然彼らの傍に現れた不審な女、つまり私を快くは思っていないのだ。どこかの国の間者ではないか、もしくは彼らに害をなす人間なのでは、と常に視線を鋭く観察されているので、イオにしてみれば、苦手に思ってしまうのに十分な理由があった。

「白雄殿下の・・・私もお伴してもよろしいでしょうか」
「紅炎殿も?えぇ、勿論です。ね、イオ?」
「え?は、はいっ」

突然降られた会話に、イオは一瞬言葉に詰まるがすぐに頷く。「じゃあ、行きましょう」と微笑む白瑛と、紅炎について歩きだそうとしたときに紅炎がすっと、抜きざまに腕の荷物を持ち上げた。

「あ、お待ちください紅炎様、荷物は私が・・・!」
「これは白雄殿下達が召し上がるものだろう?お前の細腕で運んで、途中で落としたりしたら台無しになる。」

だから任せろ、と言わんばかりに視線を鋭くする紅炎に、イオが二の句を告げずにいると白瑛が安心させるように微笑んで、ぎゅっと手を握ってきた。

「イオ、紅炎殿に甘えましょう。とっても重そうにしていたもの。その代わりに私と手をつないでください。」
「え、あ、あの・・・は、はい。わかりました」

どうしようと視線を巡らせれば、紅炎が静かに目線だけで頷いたのを見てイオは今度こそ降参して、大人しくうなずいた。
白瑛の手に引かれ、三人連れだって訓練場に赴けば、白龍相手に打ち合っていた白雄が一瞬驚いたように目を見張る。綺麗に髪を結いあげた白瑛と、その隣で申し訳なさそうに隣を気にして立っているイオ。そして、大きな荷物を抱えた紅炎の姿に、何があったのかを何となく察してくすりと笑うと、「やぁぁ!」と可愛らしい気迫と共に振り下ろされた白龍の木剣を受け止めて片手ではじき飛ばした。

「白龍、イオたちが軽食を持ってきてくれたらしい。休憩にしよう」
「あ、本当だ!姉上!イオ!」
「ちょうど腹も空いてたしな。いい頃合いだ」

嬉しそうに笑う白蓮が、紅炎の荷物をひょいと持ち上げて、いそいそと木陰で広げ始める。慌ててイオも傍によって準備を手伝ううちに、車座になる様に全員が座り始めた。
重箱を開けば、そこには蒸された肉まんが入っていてまだほんのりと暖かいそれに白龍が歓声を上げる。初めに白龍が手を伸ばしたあと、白雄、白蓮、白瑛が順々に手を伸ばして、皆がおいしそうに肉まんを頬張った。

「紅炎様もどうぞ召し上がってください。」

もしかしたら、足りないかもと大目に入れてもらっていたので、肉まんはまだ一つ余っている。それを差し出せば紅炎は一瞬驚いたように目を見張ったあと「いや」と首を振った。

「もともと、俺は数に入っていないだろう。お前が食べればいい」
「いいえ、これは誰かが足らなかったらと思って用意したものですから。紅炎様が召し上がってください」

それに侍女である自分が彼らと食事を共にすることはないので食べるつもりもなかった。余ったのであれば持ち帰るだけなのである。
ずいっと、重箱を差し出せば紅炎は一瞬躊躇うようにした後、肉まんを取ってあぐりと頬張った。

「皆さま、飲み物もありますから。こちらもどうぞ」

水筒を配れば、喉が渇いていたらしい白龍がごくごくと水を飲み干す。「冷たくておいしい!」と笑う白龍に思わず頭を撫でれば、ほんの少し汗に濡れた柔らかな髪が指を通って行った。

「沢山召し上がってくださいね。まだまだ、頑張るんでしょう?」
「うん!兄上、こんどは『そうじゅつ』も教えてください」
「槍か!いいぞ、俺が教えてやる!」

にかっと笑った白蓮に、白龍も眩いほどの笑顔で応える。急いで肉まんを口に押し込んで、飲み干した後、白蓮と一緒に訓練場の中央へと駆けて行った。

「元気だな」

そう目を細めて笑う白雄に、イオも笑顔で頷く。彼の、この幸せそうな優しい瞳を見るのが何よりも好きだった。

「さて、と。俺ももう少し体を動かすか・・・。紅炎、手合わせしようか」
「はい!喜んでお願いします」
「イオ、すまないがこれを片付けておいてくれるか」

先ほどの白龍と同じように、キラキラと輝かんばかりに嬉しそうに頷く紅炎に白雄はにっと笑うと、木剣を手に立ちあがった。

「もちろんです。頑張ってください」
「あぁ。そうだ、これも」

イオの言葉に頷いたあと、白雄が手の中の水筒を渡してくる。まだ中身が残っているのか、ちゃぷんと音がしたそれをしっかりと受け取ってイオは首を傾げた。

「今日は暑い。お前もしっかりと水を取っておけ。」

そういって、くしゃりと頭を撫でて去っていく姿を見送ってイオは赤くなる頬に気づかれないように慌てて重箱を片付けた。

「は、白瑛様、私これを炊事場に返してきますが此方でお待ちになりますか?」
「うん、皆の稽古をみています」
「では、すぐに行ってきますね」

まだ熱い頬がさらに熱くなるくらいに速足で炊事場に駆けると重箱を片付ける。最後に白雄に渡された水筒をじっと見つめて、イオはきゅっと竹でできた栓を外した。
まだ魔法瓶なんて技術はないので、水筒と言えば竹を利用したものになる。竹の節に穴を空けて空洞に水をためるのだ。そのため、飲むときはそのまま直接水に口付ける。
つまり、この水筒をもう一度飲めば、白雄と間接キスをする事になる。

勿論、白雄はそんなこと露とも思ってないだろうし、そもそもこの世界に間接キスなんて概念はないと思う。けれども、イオにとっては好きな人とのそれは、胸が高鳴って止まらなくなるくらいの威力を秘めているのだ。

震える手で水筒とぎゅっと握ると、意を決して水を飲む。
白雄と同じように水筒にそのまま口づけて、一口水を飲み込めば檸檬の爽やかな香りと共に、少し温くなった水が喉を通り過ぎていった。

「・・・ちょっと甘いかもしれない。」

それが自分の気持ちがもたらす錯覚だということは分かっていたが、確かに水は甘かった。
胸を焼く、熱い気持ちにイオはぎゅっと瞳を閉じると、心を落ち着けるように大きく深呼吸した。
二度、三度と息を吸ううちに、少しだけ熱が冷めていく。
ふぅ、と再度に息を吐いて、手の中にある水筒を見下ろした。

「・・・これ、貰えないかな」

記念として。

ダメもとで頼んでみるかと心に決めて、イオは再び訓練場への道を歩き出した。

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※頼んだらもらえました。


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