短い夢 | ナノ


※勿忘草IN煌帝国(こんなのもかんがえましたシリーズ)




「あぁ、イオ此処にいたのか」
「白雄様、すみません何か御用がありましたか?」

書庫に籠って本を読みあさっていた時に、ふと背後から声を掛けられてイオは視線をあげる。積みあげられた本の向こうに、苦笑を浮かべる白雄の姿が見えてイオは慌てて立ちあがった。

「いや、そろそろ夕餉だからな。姿が見えないと白龍が騒いでいたので探していたのだ」
「申し訳ありませんでした。うっかり熱が入ってしまって・・・」

始めこそ、オリエンスに帰る方法を探すために読み始めた書物だったがいざ読み始めれば戦術など面白い本が多く取りそろえられていて、すっかり本に魅了されてしまった。積み上がった本は全て読み終わった本ばかりでその量に、白雄も苦笑浮かべるばかりである。

「イオは本の虫だな。こんな短時間で此処まで読めるとは恐れ入った」

本を片付けようと手に取れば、どこからか現れた侍女の方々は「私たちが行いますので」と笑顔で全ての本を持って行ってしまう。ぽかんとその様子を見送ったあと、白雄が「では共に行こう」と手を差し出してきたので、イオは照れながらもそっとその手に己の手を乗せた。

既に、辺りは暗くなり始めており、東の空には月が浮かび始めている。三日月に近い形をしたそれは、あまり光を発しないので、今日の廊下は満月に比べればすこし薄暗かった。
廊下の所々にも明りがついているので、足元が見えない程には暗くないが、それでも少し先を歩く白雄の表情は薄闇に呑まれて窺えない。
先ほど、掴まれた手はいまだに離されることはなく、緩く繋がれたまま手を引かれる様な形で歩いていた。

作戦のさなかに死にかけて、意識を失い、次に気がついた時には全く知らない世界に飛ばされていた自分を受け入れてくれたのはこの国の第一皇子である白雄だった。この煌帝国の禁城、しかも白雄の部屋の庭で倒れていた自分を殺すことなく介抱してくれて、事情を説明してからは、帰れるまでと居場所までくれた白雄には返せない程の恩を感じていた。一刻も早く帰りたいと思う一方で、此処にとどまり白雄の力になりたいと思う気持ちが入り混じる。既に記憶が薄くかすれている故郷に帰るのであれば、このまま此処で白雄の為に力を振い恩を返して行きたいとも思うことも少なくなかった。
でも、いま自分は彼の好意に甘えている状態である。衣食住を世話してもらい、書庫の本を読むことを許可してくれている。
傍からみたら間者かもしれない妖しい女の行動を許す白雄に、非難を上げる声があることにも気付いていた。このまま此処にいて彼の足を引っ張ってしまうのであれば一刻も早くオリエンスに帰る事こそが恩返しなのではないかとも思うのだ。

「国へ帰る方法は見つかりそうか?」

前を歩く白雄からの質問に、一瞬言葉に詰まるがイオは「ええ」と返事を返す。

「まだ、該当するような書物は身つけられていませんが、来ることが出来たのですから、きっと帰ることができるはずです」
「そうか」

少しだけ握られた手の力強くされて、イオは彼の顔を仰ぎ見る。しかし、その表情はやはり窺えず、会話が無くなったことによる気まずさにそっと顔を伏せた。

「イオ、帰りたいか?」
「え?」

暫く歩いた後、思いだしたかの様に尋ねてきた白雄にイオは思わず聞き返す。
歩いていた足を止めてくるりと振り返った白雄がそっと両手で頬を優しく包むようにして瞳を覗きこんできて、イオはかぁっと頬が熱くなるのが分かった。

「は、白雄様」
「お前は、帰ってしまうのか」

切なげに眉を歪ませた彼の姿に、イオの胸も締め付けられる程の苦しさに襲われる。

「わ、たしは・・・」
「帰らないでほしい、俺の傍にいてくれ。ずっと、ずっと」

覗きこまれる瞳は、真剣な色を帯びていて、ゆらゆらと廊下の炎を受けて煌いて丸で泣いているようにも見えた。

「お傍にいても、いいのでしょうか・・・」

自分はこの世界では無い、異世界からきたイレギュラーな存在だ。そんな自分が第一皇子として未来を約束されている彼の傍にいることが、どれだけ彼に負担になるのかも知っている。それでも、彼の傍にいたいとそう思う気持ちが抑えられない程に溢れていた。

「イオがいい。イオが傍にいてくれればそれでいい」

ふと笑った白雄がそっと顔を伏せてくる。ふわりと優しい感触が唇に触れて思わず目を見開いた。

「目を閉じるだろう。こういうときは・・・」

喋った吐息までが掛かるほどの距離で、そう囁かれてイオは顔を真っ赤にさせて慌てて眼をきつく閉じる。今度は力が入り過ぎているイオの様子に白雄は小さく笑うと、きつく閉じられた瞼にそっと口づけた。

「さぁ、もう行こう。あまり遅いと白龍がまた騒ぎだす」

唇を離すと何もなかったかのように白雄は再び手を引いて歩き出す。真っ赤に染まったイオとは対照的にその顔は涼しげだ。

「ああ、三日月が綺麗だな。今までみたどの月よりも綺麗だ」

その愛しげな声に、イオも空へと視線を移す。先ほどよりも少し高く上った月が淡い光を帯びて空照らしていた。

「きっとこれから見る月はずっと綺麗だろうな、イオが傍にいてくれれば」

そう笑う白雄に、イオもそっと笑みを零した。




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