短い夢 | ナノ


※単行本16巻の特典『ピッチングストライクビンゴ大会』より
※かつ、紅炎短編『籠の鳥』で夢主と紅炎が想い寄せあった後設定。



「あ、あの紅炎様?その・・・それはどうなさったのですか?」

イオがおずおずと声をかけた時、周りにいた侍女も紅炎付きの武官たちも「よくぞ指摘した!」と心の中で喝采した。
今日、紅炎を見かけた者はほとんど全員動きを止めて、彼の顔を驚いたように凝視している。廊下ですれ違った女官達も儀礼通りに頭を下げ視線を床に落とそうとした後、再びその視線を紅炎の顔にやるほど、その違和感はとてつもないものだった。
もともとの顔立ちは美丈夫であるため、普段は女性からうっとりとした熱い視線を受けることはままあっても、今日のような驚愕の視線を向けられることなどは滅多にない。普段であれば、そんな態度は不敬であると女官達を叱責するところであったが、今日に限っては彼女達の気持ちは痛い程わかるので、青龍は眉を寄せて睨むだけに留めていた。
自分とて紅炎の今日の恰好について、進言したくとも尊敬する主にどう伝えていいのか分からず、見て見ぬふりをすることにしたのだから。

「それ、とはなんだ。どこか可笑しいか?」

紅炎は、過去何度も己が良いと思ってアレンジを加えた着物を紅覇に変だと指摘された事があるので、そのあたりの采配は全て侍女に任せてある。イオが共に目覚めている時は彼女に見立ててもらうこともあるが、紅炎が目覚めた時は大体がイオはまだ疲れ切って夢の中に居ることが多いのでほとんどは侍女任せだ。彼女達が選ぶ着物はさすがにセンスも良く紅炎に似合うものばかりなので、ジュダルや紅覇辺りに笑われることも無くなっていた。今日の恰好ももちろん彼女達が見立てた物なのでおかしな所はない。

自分の恰好を見下ろして紅炎は不思議そうに首を捻った。
その様子にイオは困ったように笑みを浮かべる。

「あの、そのお髭はご自分でなさったのですか?」
「髭?」

思わず、あごに手をやって紅炎は「あぁ」と得心がいったとばかりに頷いた。

「あぁ、たまには変えてみようと思ってな。似合うか?」

その言葉に、イオがまた困ったように微笑む。

似合うか似合わないという問題ではない。変なのだ。
紅炎の端正な顔には全く似合わない髭に、周りの者たちも声を揃えて「似合いません」ときっぱり言い放ってしまいたいが、何故か自信ありげに微笑む紅炎に誰も何も言えない。
出来るのであれば周りの人間も集中できないので、紅炎にその髭をやめさせたい。そして、それを彼に進言し、かつ紅炎の機嫌を損ねることなく丸く収める事ができるのは、彼が寵愛しているイオだけなのだ。
その為、2人のやりとりに水を差すことなく、周りの者たちも固唾を呑んで成り行きを見守っていた。

「あの、そうですね。少しばかり形が歪んでいるようです」
「そうか?鏡で確認したんだが・・・」
「自分ではやりにくい所もありますから」

彼女の言葉に紅炎が、眉を寄せてあごをさする。
「ですから」と紅炎に甘く綺麗な笑みを浮かべてみせたイオは首を傾げて紅炎の顔を覗き込んだ。

「ですから、紅炎様。私に整えさせて頂けませんか?」

細い、白い指をそっと紅炎の頬に滑らせてみせると、自分の大胆ともいえる行動にイオの頬が桃色に染まった。その言葉に一瞬虚を突かれたように目を開いた紅炎だったが、すぐに妖しい笑みを浮かべると頬に添えられたイオの指をとって自分の方へと引き寄せる。彼女は人前では滅多に自分に甘えてこないのだが、珍しい事もあるものだと紅炎の心臓もドクンと大きく鼓動する。その衝動のまま、体制を崩したイオの腰を強く抱き込んで、紅炎はイオの耳元に口を寄せると「あぁ、頼んだ」と囁き、彼女の身体を抱きしめた。

その彼の背後で、よくやったと言わんばかりにイオに頷いて見せる家臣達に、イオも顔を赤くしつつも笑って頷いて見せていることなど勿論知る由もなかった。





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