「カノン!お願いはやく来て!」

ばんばん外の階段に続くドアが叩かれると共にジニーの悲鳴に近い声がして、急いでドアを開けると顔を真っ青にして今にも泣き出しそうなジニーがわたしの胸になだれ込んできた。

「ジニー?なにが、あったの?」
「カノン!大変なの、ジョージが、ジョージの耳が…!」

心臓がどくんと強く波打って頭を鈍器で殴られたかのように脳みそがぐらりと揺れた。そんな、まさか、ジョージが?







NO CALL
NO LIFE








「ジニー、とりあえず中に」

さっきぐらぐらと揺れたというのに、わたしの頭は冷静だった。ジニーを家の中に入れると鍵を閉める、それから杖をひと振りして家中の鍵とカーテンを閉めながら思いつく限りの救急救命道具を呼び寄せて、飛んできたそれらを小さくしながらバッグに詰めたあとにジニーの前に片腕を差し出した。

「ジニー、掴まって」
「カノン、まさか『付添い姿くらまし』するの?」
「時間がないわ、少し気持ち悪いかもしれないけれど、我慢してね」
「え、ええ」
「3つ数えたら行くよ、いち、に、さん!」

ばちん!と音をたてて『姿くらまし』すると、次の瞬間には隠れ穴の入口の砂利の上に両足が着いた。少しよろけるジニーを支えながら家の中に駆け込むと、キッチンにはハグリッドとなにやら言い争いをしているハリーとリーマスがいて、その奥のリビングには顔を真っ青にしてソファの上に屈み込むようにしているモリーおばさまと、そのソファからはみ出る長い脚が見えた。

「おばさま!」
「ああカノン!よかったわ、来てくれて!」
「おばさま、ジョージは、」
「こっちよ、来て」

もう大丈夫だと言うジニーを入口に残してソファに近づくと、また頭を殴られたかのように脳みそが、今度は視界まで揺れた。ソファに横たわるジョージの顔は蒼白くて、だらだら赤い血が流れている側頭には、そこにあるべきはずの耳が片方なかった。停止しそうになる頭を必死に動かしてわたしは両袖をぐっと捲ったあとに自分の両方のほっぺたをぱしんと叩いた。今はショックを受けるよりも、ジョージの傷をどうにかする方が先だ。

「とりあえず止血をしないと…」

持ってきたバッグの中から『こんなときどうする?家庭の癒学〜上級呪文編〜』という本を取り出してぱらぱらとめくった。特別癒学に通じているというわけではないけれど、このくらいおばさまと2人でどうにかすればできるはず。ううん、してみせる。明るいランプの下でおばさまと2人がかりで手当てをする。しばらくすると血は完全に止まってくれた、けれどももう一度耳を生やすことはできないだろうな、とタオルでジョージの顔についた血を拭いながら思った。なぜなら闇の魔術に奪われてしまったのだから。

「どんな具合ですか?」

ジョージの様子を見に来てくれたハリーに苦笑いを返すと、ハリーはおばさまとジニーと話しながらハーマイオニーとキングズリーも無事に帰ってきたことを教えてくれた。ジョージの顔色はさっきよりはいいけれどまだ蒼白いことに変わりはなくて、伏せられた長い睫毛に、ぽっかりと穴だけが残った側頭に、わたしはいたたまれなくなって少し外に出ようとそっと立ち上がった。

「おばさま、わたし少し――」
「キングズリー、私が私であることは、息子の顔を見てから証明してやる。さあ、悪いことは言わんから、そこをどけ!」

ばたばたとすごい音をたててキッチンの方から真っ青な顔をしたアーサーおじさまとフレッドが来た。おじさまはまっすぐとジョージがいるソファのそばに膝をついて、フレッドは驚くくらい強くぎゅうっとわたしにハグをしたあとにわたしの手を引いて、ジョージのソファのうしろに立ってジョージの傷をぽかんとした顔で見た。わたしの左手を掴んだフレッドの手にぎゅっと力が入った時に、ばたばたした音で気がついたのか横になっているジョージの指がぴくりと動いて、伏せられた睫毛の下からうっすら水色の瞳がのぞいた。

「ジョージィ、気分はどう?」

おばさまが涙声の小声でそう聞くと、ジョージは長い指で耳があった場所に触れた。ジョージは、耳がなくなってしまったことをどう思うのだろう。

「…聖人みたいだ」

ぽつりとジョージが呟いた声に、わたしの手を握っているフレッドの手から少しだけ力が抜けた。成人、聖人、せいじん………は?わけがわからなくて隣のフレッドを見ると、フレッドもわからないというような顔をして掠れた声で言った。

「いったい、どうしちまったんだ?」

「頭までやられっちまったのか?」というフレッドに、いつものようにぱっちり開いたジョージの水色の瞳が向いた。

「見ろよ…穴だ。ホールだ、ホーリーだ。ほら、聖人(ホーリー)じゃないか、わかったか、フレッド?」

そう言ってうっすらしてやったり顔で笑うジョージを見て、わたしは今までこらえていた涙がどっと押し寄せてきて、不安と恐怖と安堵と喜びと、いろんな感情が混ざってぐちゃぐちゃになった顔を両手で覆ってそのままその場にぺたんと座り込んだ。なんなのよ、あいかわらず、ジョーク下手くそなんだから。

「なっさけねぇ」
「ほんとう、情けない」
「情けねぇぜ!耳に関するジョークなら、掃いて捨てるほどあるっていうのに、なんだい、『ホーリー』しか考えつかないのか?」
「まあね」
「だからジョージはいつまでたってもジョージなのよ」
「おっと、どういう意味かな、カノン?」

ジョージが言ったジョークのダメ出しをフレッドとしながらくすくす笑うと、ジョージは涙でぐしょぐしょのおばさまに向かってニヤッと笑ってみせた。

「ママ、これで2人の見分けがつくだろう」


100328


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