「でも、僕、少し笑わせてほしい。僕たち全員、笑いが必要なんだ。僕の感じでは、まもなく、僕たち、これまでよりもっと笑いが必要になる」

2年前のハリーの言葉の意味を、今になってようやくわかったような気がした。







NO CALL
NO LIFE








「うそ」

がしゃんと音をたてて床に落ちたティーポットが割れた。ばらばらになった破片がフローリングを傷つけて、さっきまでティーポットを握っていたわたしの手はびりびりと痺れてわなわなと震えている。まさか、そんなわけないじゃないか。

「うそ、だよ」
「…うそじゃない」

否定してほしくてフレッドの水色の瞳を見つめても、あいかわらず眉間にしわを寄せたままわたしの目をまっすぐ見るフレッドの目が否定を否定していた。ティーポットが割れた音を聞きつけて来たのか、シャワーを浴び終えたばっかりのジョージがびっくりした顔ですっかりリビングの役割も果たしているダイニングに入ってきて、フレッドは杖を振って割れたティーポットを元に戻した。粉々になったティーポットはすっかり元通りになってテーブルの上に戻ったし、傷ついたフローリングもいつも通りぴかぴかに戻ったけれど、わたしの手はあいかわらず震えていて視線はフレッドに向いたまま。

「カノン?フレッド?いったいどうしたんだ?」

心底わけがわからないというジョージが歩いてわたしの隣に立って顔を覗き込んでくる。視線をジョージに向けてジョージの目を見ると、わたしの脚はびりびり震えて今にも立っていられなくなりそうで思わずジョージの腕にしがみついて胸に顔を押しつけた。

「カノン?」
「ジョージ、」

ジョージの腕がわたしの腰にまわって座り込みそうになる身体をしっかり支えてくれる。フレッドに呼ばれてジョージが顔をあげると、フレッドが手紙をくしゃっと握りつぶした音が聞こえた。

「落ち着いて聞いてくれ」
「なにが…」
「ダンブルドアが死んだ」
「…………は?」
「お袋から手紙がきた、明日ホグワーツで葬儀がある」
「ちょっと待て、ダンブルドアが死んだって、ほんとうに?」
「ああ…それから、」

フレッドのつらそうな悔しそうな声に目頭があつくなる、わたしはさっき聞いたことをまた聞きたくなくて両手で耳をふさいだ。

「ビルが、フェンリール・グレイバックに襲われた」

しん、とその場が静かになってジョージの身体が強ばるのとフレッドが頭を抱るのがわかった。するするとわたしの腰にまわされていたジョージの腕からゆっくり力が抜けて、ひとりで立っていられなくなったわたしはそのままジョージの足元にぺたんと座り込んで溢れてきた涙に両手で顔を覆った。

「うそだろ」

ジョージの小さな呟きだけがやたら大きく響いた。




















次の日、ダンブルドア先生の葬儀のために真っ黒なワンピースを着てホグワーツに行くと、そこにはたくさんのひとがいて、全員が全員静かに湖の際に並べられたイスに座っていた。そのイスの中に見慣れた髪の色をいくつか見つけて、フレッドとジョージの間に挟まれて2人に手を繋がれて半ば引きずられるようにして歩いていくと、フラーに支えられているビル兄さんがゆっくりと振り返った。

「よう、おまえたち」

そう、前と同じように言って、前とはぜんぜん違くなってしまった顔で不器用に笑ったビル兄さんに、わたしたちは少しだけ息をのんだ。あんなにかっこよかったビル兄さんの顔が、はっきり言ってマッド-アイみたいにぺしゃんこになってしまっていたからではない。たとえ狼人間に噛まれてしまっても、どんな顔になってしまっても、わたしたちに向かって優しく気さくに話しかけてくれるビル兄さんは、前となにも変わらないビル兄さんだったからである。

「おいおい、3人そろってシカトとはずいぶんひどいじゃないか」
「そうじゃないよ、ビル」
「おう、じゃあここ座れ、席、取っといてやったんだぜ」
「ありがとう、ビル兄さん」

それからビル兄さんたちのうしろの席に3人並んで座ると、ホグワーツの生徒たちがぞろぞろと歩いてきて、全員がそろった頃にダンブルドア先生の葬儀がはじまった。ダンブルドア先生の偉大なる功績やらなんやらがずらずらと並べられたあとに、(『高貴な魂』とか『知的な貢献』とか、なんだか変な感じだ)ダンブルドア先生は白い大理石のお墓で静かに眠った。参列していたケンタウルスと水中人がそれぞれ自分たちの住むところに戻っていくのが見えて、葬儀のおわりを悟った人たちは次々と立ち上がって周囲のざわめきはだんだん大きくなった。

「そろそろ行こう」

参列者がどんどん帰っていって人が少なくなってきた頃に、黙って湖を眺めていたフレッドが言った。その言葉にジョージも頷いて立ち上がって、わたしの前に立つ2人の爪先を見ながら、わたしはほっぺたの涙のあとが風に乾いてぴきぴきするのを感じながらぽつりと呟いた。

「もう、はじまってるのね、戦争が」

きらきら光る夏の太陽の光が湖に反射している。わたしの両肩にぽんっと手がおかれて、ゆっくり視線をフレッドとジョージに移すと、2人はしっかりと頷いた。その顔は恐怖に歪んだものではなく、太陽と同じくらいきらきらした頼もしい笑顔で、わたしがきょとんとしていると2人は顔を見合わせていつもみたいにニヤッと笑った。

「そんな時こそ」
「『笑いが必要』だろ」

そう言ってわたしの前にずいっと差し出された2人の手を見てぱちぱちとまばたきをする。それから2人に負けないくらいの笑顔でその手をぎゅっと握って立ち上がった。どうか、この手がずっと離れませんようにと願いながら。


100315


『例のあの人』なんか笑いで吹っ飛ばせ!

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