「今日1日、あいつに休みをやったんだ」 朝食のトーストにオレンジのマーマレードをたっぷり乗せながら少し呆れたような感じでフレッドがそう言った。きっとジョージが最近仕事にも身が入っていないのを見かねての判断なのだろう、「俺はあんなのと双子だなんて思われたくないね、まったく。なあカノンそうは思わないか?あのすっとこどいのアンポンタンのバカチンめ!」だなんてぶちぶちと愚痴を溢している。その原因になっているであろうわたしはなにも言えずに苦笑を返すことしか出来ないのだけれど、はやくジョージがいつもの調子に戻ってくれるといいと思う。あの日から1週間、わたしとジョージの間には気まずい空気が続いている。クリスマスパーティーまでは、あと1週間。 NO LIFE 「カノン、聞いてる?」 急に頭に響いてきた声にはっとして顔を上げると、そこには少し心配そうな顔をしたベリティさんがいて、たった今篭から逃げ出したばかりのカナリアイエローのピグミーパフがわたしの指に擦り寄ってきていた。それをそっと篭に戻してくれたベリティさんに謝ると、ベリティさんは小さくため息をついたあとに動く梯子を呼び寄せて近くの棚に商品を並べはじめた。 「大丈夫?ぼーっとしてたみたいだけど」 「…すみません」 「…ミスター・ジョージ・ウィーズリーね?」 「…え、」 「図星、今日のあなた、ずっとミスターのこと考えてるって顔してるわよ」 「…」 ベリティさんに商品を手渡しながら俯くと、ベリティさんはまた小さくため息をついて梯子から降りたあとにわたしの肩に手を置いた。 「もうすぐ閉店だし、今日はもう上がったら?」 「…いえ、大丈夫です」 「いいですよね、ミスター・ウィーズリー!」 「いいともー」 「フレッド…!」 「ミスター・ウィーズリーもああ言っていることだし、上がりなさいな」 「でも…」 「じゃあ、そうね…ついでに『鼻血ヌルヌル・ヌガー』の在庫を確認してもらえると助かるわ」 「人気がありすぎるのも困りものね」と言ってわたしの背中をぐいぐい押してくるベリティさんの力は意外に強くて、びっくりしながらもお礼を言うとベリティさんはうっすら笑ってお客さまの方に歩いて行った。それを見送ったあとに忙しそうにレジを叩くフレッドにもお礼を言って「ごめんなさいフレッド、ありがとう」「いいともいいとも」カウンター奥のカーテンをくぐると、そこはお店の喧騒が嘘のように静まり返っていた。そのまた奥にある在庫が並ぶ棚と向かい合って、商品リストを貼りつけたクリップボード片手に在庫の確認を始める。ベリティさんにまで迷惑をかけるなんて、仕事中なんだからしゃんとしなければ。上を見上げた時にじゃまになるからぼうしを脱いで空いている棚の上に置くと、うしろからわたしを囲むように2本の腕が伸びてきて、正面には棚が、左右には腕があってわたしは身動きが取れなくなってしまった。薄暗い倉庫のはじっこ、いきなりでてきた2本の腕、それでもわたしが悲鳴をあげたり取り乱したりしなかったのは、すぐ側でよく知ったにおいがしたから。それはわたしとフレッドとおそろいの洗剤とシャンプーと、ジョージのやわらかいにおい。 「…ジョージ?」 ぽつりと言ってみた言葉は予想以上に小さくてか細くなってしまって、ちゃんと相手に聞こえたか少し不安になった。目の前の棚につかれた大きな手を見ていると開かれていた手のひらはぎゅっと握られて、そのあとにわたしの顔のすぐ横に真っ赤なくしゃくしゃの髪の毛が見えた。 「…ごめん、そのままで聞いて」 いつもの声とはぜんぜん違う弱々しいジョージの声にびっくりしながらもうなずくと、ジョージは一呼吸おいたあとにゆっくり口を開いた。 「…あの時は、ごめん。僕、どうかしてたんだ」 「ほら、最近はなにかと物騒だし、カノンになにかあったらって考えたら…」 「フレッドに言われたよ、カノンが泣いてたって…心配だったり不安なのはわかるけど、ちゃんと言わなきゃ伝わらない。イライラしてあたるなんていちばんやっちゃいけないことだ、そんなこともわからないのかばかやろうってね」 そこまで言うとジョージはわたしの肩におでこを乗せて、どうしようか迷ったあとに腕をのばして手のひらをジョージの頭の上に乗せると、ジョージはわたしを遠慮がちに抱きしめてわたしの首筋に顔を埋めた。ジョージの髪をくしゃくしゃしながらくるんと身体の向きを変えてゆっくりジョージと向き合うと、ジョージは少しだけ赤くなってる目をごまかすようにくしゃりと笑った。 「かっこわるいから、そのままで聞いてって言ったのに」 「かっこわるくなんか、ないよ、ねえジョージ」 「うん」 「あのね、フレッドが言ってた」 「なんて?」 「ジョージは、わたしのことが好きで好きでしょうがないって」 そう言って俯くジョージのおでことおでこを合わせると、ジョージは少し驚いた顔をしたあとにちいさくくすくすと笑った。 「そりゃあ、その通りだぜ」 「あら、わたしだってそうよ」 「知ってるさ」 ジョージの大きな手がわたしの両方のほっぺたを包んで、おでこをくっつけたまま2人して悪戯が成功した時のようにくすくす笑った。そのあと、仲直りのしるしにわたしたちの唇が軽くくっついたのは言うまでもない。 「わたしも、ごめんなさいジョージ、心配してくれてありがとう」 110210 |