ふわふわと歩く度に風と戯れる色素の薄い長い髪はとても美しく、淡い杜若色の着物を身に纏いしゃなりしゃなりと歩く様には誰もが振り返り彼を見つめた。きっとおれ達もこれが女装している依織だと知らなければ、この上品な雰囲気を持ち合わせた美しい人に目を奪われてしまうに決まっている。あの変装名人である三郎が感心するだけあって依織は本当に女装が巧い。そんな彼を囲んで歩くおれ達は忍務に出掛ける彼を門まで見送りに行く途中である。おれ達の中の誰かが忍務に行く時、例えそれが簡単なものであったとしても、こうして全員で見送り出迎えるのがおれ達の暗黙の了解であり大切な決まりであるからだ。ちらり、隣を伺い見るとふわりと笑う依織にくらりと目眩がした。

「どうかした、勘右衛門?」
「いや、なんでもない」
「そう、てっきり私に見とれていたのかと思ったよ」
「まさか、確かに依織は女装が巧いとは思うけれどね、それだけだよ」
「あら、それは残念ですわ」

そう言って口調まで女のものに変えて着物の袖で口許を隠しながら笑う依織は、一言で言うならば妖艶だ。くすくすと笑って目を悪戯に細めている所を見ると、どうやらおれが咄嗟に吐いた嘘はお見通しらしい。いや、半分は本当なんだけれど。

「ここまでで構わないよ」

門まであと角をひとつ曲がるだけという所でふと依織が足を止めて、くるんと身体の向きを変えておれ達と向き合うとふわりと笑った。その笑顔におれだけでなく兵助達もくらりとしたようで、おそらく町に降りてこの笑顔に勝てる輩は誰ひとりいないのだろうなあと思ってくつりと笑った。失礼だとは思うがくのたまや其処ら辺の女よりも依織の方が相当綺麗だ。少なくともおれはそう思う。ふわふわと風に靡く髪を手櫛で少し直すと簪に付いた小さな鈴がちりんと鳴った。

「いつも見送ってもらってすまないねえ」
「そんなの、当然だろう」
「ありがとう」
「依織、気をつけてね」
「うん、三日程で戻るからね」
「怪我して来たら許さねぇぞ」
「ふふ、十分気をつけるよ」
「帰って来いよ、依織」
「もちろん、そのつもりだよ」

それじゃあ、行って来るね。そう言い残して依織は角の向こうに消えた。残されたおれ達はしばらくその方向を見つめていたが、やがて依織の気配が完全に消えると再び門の方へと歩き出した。そこでふと、三郎が視線は前に向けたまま口を開いた。

「本当に言わなくてよかったのか、勘右衛門」

ぴくり、反応してしまった肩が恨めしい。すっとこちらを見てくる三郎たちに、おれは小さな溜め息を吐いたあとに自傷気味に笑った。

「…いいんだ」
「でも、勘ちゃん」
「おれはね、依織の負担にはなりたくないんだよ」

にこりと笑ってそう言ってみせると、みんなは少しだけ眉間に皺を寄せた。そう、これでよかった、言わないでよかったんだ。だって、おれも今日から忍務で、何時帰れるのかも、生きて帰れるのかさえも分かりませんって言ったら、依織はどんな反応すると思う?きっとおれに代わって自分がその忍務に就くって言い出すに決まってる。自惚れなんかじゃなく、依織はそういう奴だ。只でさえ身体の弱い依織にこれ以上の無理はさせたくない。仲間のことは大切に思うが為に自身の危険は顧みない、そんなことを痛いほど知ってるからこそおれは依織に何も言わずに行くのだ。依織が自分の忍務に集中出来るように、依織の重荷にならないように、もっと依織に彼自身を大切にして貰いたくて。おれは、間違っていないだろう?

「さて、おれもそろそろ行くかな」

門に着いた所できゅ、と荷を結び直してみんなを見ると、兵助が泣きそうな顔でおれを見ているものだからつい吹き出してしまった。可愛い可愛い兵助、今日からしばらく独り部屋にさせてしまうけれど泣いては駄目だからね。どうしても泣きたくなったら八左エ門の部屋に行くといい。きっと彼も独り部屋で暇を持て余しているのだろうから。そうしたら同じく暇で仕方ない三郎が悪戯をしに八左エ門の部屋にやって来て、それを諫めるために雷蔵がやって来る。三日もしたら依織だって帰ってくるし、そうしたらほら、いつも通りのメンバーが揃うだろう。おれが居なくてももう泣く必要はないだろう。

「大丈夫、すぐ帰るよ」
「本当に?」
「本当、おれが嘘吐いたことある?」
「…」
「はは、そこは否定してほしいなあ」

からからと笑って見せると、兵助もまだ眉間に皺は寄っているものの、ちょっとだけ笑った。そんなおれ達を見て、三郎も雷蔵も八左エ門も笑う。いつもと同じ光景、ただひとつ違うのは依織が居ないということ。ああ依織、君に謝ることが出来るのなら、嘘を吐いたこと、おかえりを言えないことを謝らせてほしい。

「じゃあ行ってくる!」
「がんばれ勘ちゃん!」
「委員会は私に任せておけ」
「早く帰って来いよな」
「勘右衛門も、気をつけてね」

ぶんぶんと手を振る友人達に見送られておれは門を潜る。これを見納めなんかにはしない、必ず帰って来てやる。ばたんと学園の門が閉まったのを見てからぺちんと両頬を手で叩いて気合いを入れると、ちりんと小さく聞こえた鈴の音にびくりと肩が跳ねた。ちょっとまて、この音、もしかして

「私を出し抜こうだなんて、酷いお人」

ばっと後ろを振り返って見ると、先程忍務に向かった筈の依織が門に寄り掛かってくつくつと笑っていた。こんなに近くに居たというのにまったく気配を感じさせない依織に背筋が凍った気がしたが、いつも通りふわりと笑った依織を見てほっと緊張を解いた。でもなんで依織がここにいるんだ、忍務に行った筈だろう。

「私にだけ秘密だなんて、酷いじゃないか」
「! 依織、知って…」
「うん、だからね、勘右衛門」

ふわり、また綺麗に笑っておれに一言告げた依織を見て、おれは溢れそうになった涙を誤魔化すように下を向いて堪えるしかなかった。ごめん、ごめんね依織。それから、ありがとう。

「行ってらっしゃい」

ああ神様、出来る事ならばこの子がこの世に生まれ落ちた椿が咲く迄には此処に帰らせて下さい。


101114


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