自己犠牲に因る


スタバァでバイトをしていた時、同僚の女の子が映画の特別割引券を二枚くれた。
話を聞けば元々彼氏と行く予定だったのらしいのだが、直前で関係がおじゃんになったとの事。
ぷりぷりと怒るその子を口先で宥めながらそのチケットを見やる。今流行のラブストーリー物だ。
脳内に浮かぶのは最近会えていない恋人。
夜に電話やSNSでのやりとりはすれど、声を聴くたびに疲れているのがまるわかり。
仲が良くなったあたりから不満や疲れを口に出す子ではなかったけれど、表情や声に出やすい子だからある意味察しやすくて助かる。
バイトの身な自分とは違い正社員で働いているあの子はきっと僕の倍は働いているんだ。あんな小さな身体で。
だから、息抜きをさせてあげたかった。それくらいしか出来ないと思ったから。
少し怒りの引いた同僚の女の子にありがとう、と笑いかければ相手も微笑んでくれた。

何とか休みを合わせ、映画へ誘う事に成功した。
ここで拒否されていたら僕は燃え尽きていたかもしれないね…。内心、断られたらどうしようって冷や汗ダラダラだったし。
彼女の近所にあるコンビニの前で待ち合わせ。
流石にまだ彼女の家に行けるほどの勇気はない。いつもはこんな気持ちになる事はないんだけど…。

……今回は自分的にも本気の恋なのかもしれない。

待ち合わせ10分前に着けば彼女の姿はまだ無い。
よくデートの時間がどうのこうの言う人は多いけど彼女の場合は仕方ない。
昨日、電話越しに聞こえた声もかなり疲れていたから。……どうして、話してくれないんだろうな。
そして彼女は時間ぴったりにここへたどり着いた。走ってきたらしく息が上がっている。

「ご、ごめんねトド松、くん。寝坊しちゃって……」
「いいよ、謝らないで。ほら水あげるから呼吸整えなきゃ」

予め買っておいたペットボトルを渡せば控えめにこくこく、と白い喉に水を通す音が聞こえる。
もう僕が口付けてたけど今更いいよね、恋人同士だし。
ふぅ、と息をつく彼女の全身を見ればいつもはあまりしないオシャレをしてきてくれたようで。
普段スカートなんて穿かないし靴にだって興味がないのかいつも同じのだったのに、気合入れてきてくれたんだなあ。
緩みそうになる頬をなんとか抑えて君の手をとる。

「じゃあ行こうか。その水、あげるから」
「え、いいの?」
「いいのいいの、君のために買ったんだから」

そう言えば少し頬を染めてお礼を言う君。
本当に可愛すぎるんだけどどうしよう。いっそお持ち帰りしたいんだけど。
いや、家に連れて帰ったら5人の悪魔がいるから駄目だ。というよりまだそこまで進むつもりないんだってば!
そんな葛藤をしていれば彼女がきょとん、とした顔で見つめてくる。
それを取り繕って僕は君を映画館の方へと導いた。


薄暗がりの中、映像に映るのは二人の男女がまさに告白するされるのシーン。
僕はというと……予想はしてたんだけどさ……。

(まさか本当に寝ちゃうとは思わなかったよ)

僕の肩に頭を預けてすやすやと眠る彼女。
可愛いんだけどさ……無理に誘っちゃったかな、と少し心に影が落ちる。
ふ、と彼女の目元を見れば化粧で多少は隠せているがうっすらと隈が見えた。

なんで、なんでこんなに頑張っちゃうの。どうして僕に話してくれないの。
話を聞く事くらいなら僕だって出来るのに、なんで……一緒にその荷物を持たせてくれないんだよ。

寂しさと少しの腹立たしさ。そして何より彼女の何にもなれていない自分への嫌悪感。
好きになる事はこんなにも苦しい事だったのだろうか。
映画の内容は正直、まったく頭に入ってこなかった。


映画館から出た僕らに言葉はなかった。
さっきまで必死に謝ってきた彼女は今、俯いたままこちらを見ようとはしない。
自分自身も、言葉が出なくなっていた。彼女が嫌いだからじゃない、好きだからなんて言ったらいいかわからないんだ。

とりあえずカフェにでも入ろうかと思ったけど、それすらも気まずくて。
でもここでさよならなんてしたら一生会えなくなる気がして。
偶然小さな公園に通りかかったので彼女の手を引いてそこへと入る。
そしてベンチに彼女を座らせた。僕も隣に座る。少し開いた距離が寂しい。

「トド松くん、あの……」
「ねぇ」

彼女の言葉を遮ってしまったが、もう限界だった。

「僕はそんなに頼りない?」
「えっ」
「僕は君の彼氏だよ?もっと君の事知りたいし寄りかかってほしい。頼ってほしいんだよ」

自分が情けなくなる。確かに僕は末っ子で甘えん坊で兄弟の中では一番非力かもしれない。
でもさ、好きになった子の痛みも涙も背負えないほど弱くはないつもりで。
守っていきたいって、心から思えたのは君が初めてだから、それをわかってほしい。

「だって迷惑かけちゃう……」
「……迷惑とかさ、頭で考えるならなんで言わないの。それが逆に迷惑だってわからないの?」

駄目だ、優しい言葉なんて出てこない。嫌われてしまうのに。

「自分で全部背負うのが良いことだって思ってる?頼れる人間が傍にいるのにそれでも一人で傷ついて何も言わず笑ってさ。それは、自己犠牲であって決して褒められることじゃないんだよ!」
「トドま、」
「教えてよ!お願いだから……!君のすべてが知りたい、全部全部ぜんぶ!お願い、こんな惨めな思いにさせないで……」

君の肩を掴んだ僕の手は震えている。
かっこわるいとかそんな事を考える暇もなくて、僕の目から雫が落ちたのもわかっていた。
これで嫌われたら逆に本望かもしれない。言いたいことは言えた。
すると、彼女の小さい手が力なく僕の手に重なる。
びっくりして彼女の方を見れば彼女は瞳に涙浮かべながら微笑んでいた。

「トド松君」
「う、うん?」
「私、トド松君を好きになってよかった。こんなに自分の事を想ってくれる人が彼氏になってくれて本当に幸せで……ごめんね、嬉しくて、堪らないんだ……っ」

ほろりほろりと流れる君の涙は僕の涙なんかより何倍も綺麗で、普通だったら拭ってあげなきゃいけないんだけど思わずそのまま抱き締めていた。
外だとかそんなの関係ない、愛しくてたまらなくてぎゅうっと痛いほどに腕に力を込めてしまう。

「今度からちゃんと言うね、全部言うから、一緒に悩んでくれる…?」
「もちろんだよ、だってこんなに好きで仕方ないんだから、ありがとう僕を好きになってくれて、こんな僕を好きになってくれて…っ、大好きだよ!」


ロマンチックで映画みたいな恋じゃなくても、君がいれば全部ラブストーリーになるってよくわかったよ。

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