世界はそれを何と呼ぶのでしょう


ぼくは皆の笑っている顔が好きだ。
笑うと楽しくなるし、誰かが笑ってるのを見ても楽しくなる。
涙は悲しいね。すごく寂しくて心臓のあたりがきゅうってなっちゃうんだ。
いつも寂しそうで悲しそうな顔をしている女の子がいる。
ずっと独りなんだって、誰からも愛されないからもういいんだって。慣れたんだって。
それは強がりであり嘘だってぼくはわかっている。
本当は愛してほしくて堪らないのに、どうして言葉に出来ないんだろうね。
ぼくも、出来ないんだけど。
いつか一松兄さんに言われた「お前も人とまともに会話できないくせに」。
うん、知ってる。言葉って難しいからさ、受け取る人によって薬にもなればナイフにだってなっちゃうんだ。
ぼくは怖いんだよ。自分の言葉で誰かが傷ついちゃうのが。
言葉で笑わせるのは……おそ松兄さんとかトド松が上手いけどぼくはどうにも出来ないや。
だから、ジェスチャーで表現する!触手だってできる!!

君は今日も公園のベンチに座っていた。
何をする訳でもなく、ただただ空だけ見ていたんだ。
ぼくは素振りの為、と自分と周りにちいさな嘘をつきながら公園に来る。
そして彼女の隣に座るのだ。

「ねえ、元気?」
「……これが元気に見えるの?」
「見えない!!」
「でしょうね」

あまり話してくれない子なのはわかっているんだ。
でもね、ぼくが隣にくると少し表情が柔らかくなるのを知っている。
笑えばきっとすごく可愛い顔をしているんだ。ぼくの想像でしかないんだけどね。

「一緒に野球しようよ!やきう!!」
「嫌よ。服が汚れるし、二人で野球は出来ないわ」
「じゃあ素振り!教えるから!!」
「ちょ、ちょっと!」

彼女を無理やり立たせれば小さな抗議の声が聞こえる。
言葉より行動をした方がぼくには合っているんだ。ごめんね。

「はい!バット持って!!」
「人の話を……っ」
「フォームはこうだよ!」

まだ納得のいかないような彼女の背中に回り込んで後ろから抱き締めるようにその手にぼくの手を重ねる。
……えっとね、いい匂いするし柔らかいです。どうしよう、今のぼく顔真っ赤かもしれない!

「……?十四松君?」

動かなくなってしまったぼくに彼女が不思議そうに振り向いた。
びっくりした、近すぎてもう少しでちゅーしちゃってもおかしくない位の距離だったんだ。

「……っ」

彼女はぼくを振り払うように身体をよじって勢いよく離れた。
これはぼくも悪いことをしてしまった。謝ろうと彼女に手を伸ばしたんだけど────

「来ないで!!」

彼女の大きな声を初めて聞いた。

「なんで、なんで私なんかに構うのよ!こんなどうしようもない女、放っておけばいいじゃない!!何?同情でもしてるの!?」

どうしてだろうね。彼女は怒ってもなお、人を傷つける言葉は言えないんだ。
自分を傷つける言葉しか出せないのは……淋しいね。

「誰にも愛されない私なんか、こんないてもいなくてもいい存在の私なんか、わた、し……っ」

辛いのにつらいって言葉は出せないけど、その顔で、涙で、全部わかっちゃう。
きっと、閉じ込めて蓋をして、その固く閉ざした鍵をぼくが勝手にあけようとしたから怒ってるのかな。
……一松兄さんと似てるけどちょっと違う。何が違うかは言えないけど、なんか違うんだよ。

ほとんど反射的にだったと思う。何も考えずに思いっきり君を正面からぎゅうってした。
ごめん、多分ぼくも泣いてるよね。ほっぺが濡れてるし、声はしゃくり声しか出ないから。
力が入らず二人でその場に座り込む。彼女の手が、ぼくの背中にまわる。

「じ、十四松くんが、優しくするか…らぁ!いけないんだよ!!私、まだ、生きていていいって、おも、っちゃ……うぅ」
「いきてよ、おねがい。ぼくの、ためにも……っ!君がいなくなるなんて、やだ、やだよぉ!!」

小さな子供みたいにわんわん二人で泣いた。人がそんなに来ない公園だから人目も気にせず泣いて喚いて。
きっとこの君がいなくなったら嫌な気持ちは本物なんだろうね。言葉にするのはまだまだ時間がかかりそうだけど。
いつか涙じゃなくて、笑いあいながら手を繋いで歩きたい。そう願っていいかな。


恋と呼ぶにはまだ早くて、愛と呼ぶには少し不釣り合いのぽかぽかする心。

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