絶対に下ろしてやらない重い荷物


馬鹿なんだろうか、と悪態だってつきたくなる。
空を見上げればまだお天道様は燦々とギラつき、憎たらしいくらいに澄み渡る青空。
やめろよ、自分の黒さが目立つから。

横ををちらり、と見ると顔を真っ赤にさせてすやすやと寝る彼女が嫌でも目に入る。
言ってしまえば俺が彼女をおぶっている。何でか?そんな野暮な事聞くんですか?
……何もないけどね。昼間っから酒飲んでた事以外は。
クズみたいな自分と違ってちゃんと働いているこいつはそれなりに愚痴も多い。
理不尽な愚痴も正当な愚痴も、ちゃんと聞いてるつもりだ。それでこいつの気が晴れれば。
俺は酒に関しちゃかなり弱い方だけど、こいつも相当弱い。
今日は溜まりに溜まっていたらしく、昼間からチビ太のおでん屋でめっちゃ飲んでいた。正直、俺もチビ太も少し引いてた。
でも、いつもみたいに愚痴をこぼすことはなかった。飲むだけ飲んで寝てしまったのだ。
困惑が俺の顔に出ていたらしく、チビ太が「男なら送っていってやれ」なんて言うから軽く溜息をついて立ち上がる。
最初は肩を貸す位で大丈夫か、と思っていたが甘く見過ぎていた。まったく起きねえこの女。
仕方なしにおぶって彼女の家へと向かう。それが今の状況だ。

自分はあまり酒が進まなかったから酔いはない。ただ……まぁ、自慢じゃあないんですがね、体力少ないんですよね俺。
小さい頃の走り回っていた体力はどこへやら。はっきり言ってすげえ息上がってる。
あとね、背中に当たるんですよ。柔らかいものが。
童貞にこれは結構酷ですよ?あと耳に彼女の息もかかる。たまに小さく「んん……っ」と声が聞こえる。
耐えられるか馬鹿野郎が。
女一人背負えないとか言うなよ。人間って結構重いんだぞ。女だろうが男だろうが。

少し汗をかいてきた頃に小さな公園を見つけた。ちょうどベンチが開いている。
俺は息をあげながらゆっくりそこに近づき、とりあえず彼女をおろした。
そして、隣に自分も腰を下ろし「はーーーー……っ」っと項垂れる。もうちょい軽くなんないの。
するとゆらゆらしてた彼女が俺の肩へともたれ掛かった。酒の匂いと彼女の匂いが混ざり合って変な気分だ。
辛い体勢な様で、歪んだ顔が目に入る。周りを見れば誰もいない。
彼女の体を支え、所謂膝枕をしてやる。……普通さあ、逆じゃないの。俺がやられたいよお前に。
思えば、こいつの寝顔って初めて見たかもしれない。
世間で言えばどうなのかはわからないけれど、俺から見ればすっげえ可愛い顔してると思う。絶対言わないけど。
柔らかい髪を撫でればふにゃふにゃ寝言なのかよくわからない声を漏らす。猫なの?
意外と触り心地がいいのでずっと撫でていたが、彼女の口が小さく動いた。

「……いちまつ、きらい」

ちょっと待って、俺嫌われてんの?今の一言で俺のすべての機能止まったよ?心臓も止まりそうだよ?
てか嫌いだったらなんで俺と付き合ってるの?こんなクズでゴミな自分と。
……遊ばれてたのか、俺。

「いちまつ、いち、ま、つ」

拙く、呂律の回らない声で俺の名前を呟く。なんだよ、嫌いなんだろ。知ってるよ。

「い、ち……きらい……に、ならな、いで……」

二度目の思考停止。恐る恐る彼女の顔を見れば涙が頬に伝っていた。
待って、展開がよくわからないんだけど、なに、これ。

「なんで、俺がお前の事嫌いにならなきゃいけないの」

思わず声に出したら彼女の瞳がうっすらと開いた。
とろん、としていて涙目。そして赤く染まる頬。こんな気持ちじゃなかったら絶対勃ってたよ。

「へ……あ、いちまつ!?」
「おはよう。クソ重かった」
「ご、ごめんね。私寝ちゃったんだ……」

そう言って起きようとする彼女の肩を強めに押して俺の膝へと戻す。

「…かなり酔ってたんだから、いきなり起き上がるのは駄目なんじゃないの?」

嘘だ。本当はこの温もりが自分から離れるのが嫌なだけ。

「私、変な事言ってた……?」
「なんで」
「いや、一松が…辛そうな顔してるから」

それお前じゃねえの。なんで俺を心配するんだよ、違うだろ。

「……別に、お前の事嫌いじゃ、ない」
「えっ」
「さっき言っただろ。嫌いにならないでって」

そう言えばまたくしゃり、と歪む彼女の顔。
俺が泣かせたみたいになってる!

「ご、ごめ……変な事、言っちゃってた……」
「うん。はっきり言って腹立った」
「ごめん……」

次から次へ溢れ出る彼女の涙。俺はハンカチなんかもってねえから、なるべく傷つかないように指で雫を拭う。

「嫌いじゃない。嫌いじゃないから一緒にいんだよ」
「……」
「辛い事なんて生きてりゃいっぱいあんだろ。自分の事を卑下したくもなる。俺もそうだし。でも」


俺の気持ちまで勝手に決めつけて勝手に傷つくな。
俺だけが好きみたいで馬鹿らしくなるから。


口が悪いのは許せ。クズだから、なんて免罪符でしかないけれど。
それでも少しでも伝わればいい。お前が思ってる以上に想ってるし欲望も溜め込んでる。
だから、愚痴でもなんでも付き合ってるんだ。お前が離れていかないように必死なんだよ。

らしくない事を言えばぽかん、とした彼女の顔。
ほんっとうに腹立つ。でも、その後に笑顔が見れたから良いとしよう。
俺にしてはまぁ、素直な方だろ?

背負うのは重いし面倒くさいけど、覚悟は意外と決まっていたらしい。

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