過保護とも取れる


出会ったのがいつだとか、付き合い始めてどれくらいたったとか、案外忘れるもので。
……いや、結構最近なはずなんだけど幸せな時間が多すぎて時間が経つのが早いせいなんだ。僕のせいじゃない、はず。
彼女の部屋にお邪魔してご飯を頂くのも何回目だろうか。
それといった進展はなく、まだ、その…き、キキキキスすら出来てはいない。
何回来ても思うけど、女の子の部屋ってなんでこんなにいい匂いがするのだろうか。
うちには母さん以外野郎しかいないからはっきり言って、むさい。
あの子を抱き締めたらこの部屋と同じような香りがするのだろうか、ご飯を作っている無防備な背中を見つめながら思う。
手伝う、と言っても「チョロ松くんは座ってて」とやんわり制されてしまったので大人しく正座している訳なのだが……。
もう恋人同士の関係なんだから抱き締めてもよくない?というかどんどん進んじゃってよくない?
でも傷つけたくはないし、嫌われたりなんかしたらきっと僕は……どうなってしまうんだろう。
とにかく勇気が無い。出てもくれない。童貞を拗らせすぎたかもしれないね。

ぼーっとそんなことを思っていたらパリンっと何かの割れる音と小さい「きゃっ!」という悲鳴が耳に入った。
ぼやけていた視界を戻せば左手を押さえて前かがみになっている彼女と、その足元に散らばる白いお皿だったもの。
何秒か反応が遅れてしまったが僕は慌てて彼女の元へと駆け寄った。

「だ、大丈夫!?」
「お皿落としちゃった……。あ、でも大丈夫!すぐに片付けちゃうから!」

そう言って割れた陶器を素手で掴む彼女に思わず大きな声が出てしまった。

「馬鹿!」
「へっ?」
「素手で持ったら怪我するだろ!僕が片付けるからとりあえず左手見せて」
「な、なんで左手?」
「さっき切ってたでしょ!わからないとでも思ったの!?」

彼女の前で大きな声を出すことがあまりなかったからびっくりさせてしまったみたいだけど、これは大声も出したくなる。
おずおず、と白く小さな手が差し出されたのでそっとその手を握りよく観察する。近いとか気にしない。

「ほらやっぱり。指切れてるじゃん……」
「ご……ごめんなさい…………」
「謝らなくていいよ、とりあえずここから離れよう」

彼女がスリッパを履いていて良かった。
手を引いてゆっくりと散らばる白の破片から彼女の足を遠ざける。
そしてご飯を置くはずだった小さなテーブルの前に彼女を座らせ、棚の上にある救急箱を取った。
彼女の向かいに座ってもう一度その手を取る。結構すっぱり切れてるな……。

「僕が気づかなかったらそのままにしておくつもりだったの?」
「いや、舐めておけば治るかなって……」
「駄目に決まってるでしょ!?傷が残ったらどうするの!」
「切り傷くらいで大袈裟だよチョロ松君」

苦笑する彼女に何故か無性にイラッときた。
大袈裟?なんだよそれ、ちいさい傷だったらいくらでもついていいのかよ。
君は女の子である以前に僕の恋人なんだからそんなの、僕が…俺が許すはずないだろ。

「……もう少しよく考えて」
「何を?」
「君一人の身体じゃないってこと」

少しの傷でも見てる方が辛くて痛くなるんだ。たとえ残らない傷跡でも、辛くて辛くて。
こんなに大事にしたいと思える存在、初めてなんだと思う。

「……ふふっ」
「何笑って……っ」
「いや、私の身体まで心配してくれるから嬉しいなあって」
「当たり前でしょ!?俺がどんな気持ちで」
「あ、チョロ松君の『俺』って言い方初めて聞いた」

あはは、と声を出して笑い始めた彼女に呆気にとられてしまったが、俺もつられて笑う。
幸せってこういう事なのだろうか、そう思いながら君の指に包帯を巻いた。

「じゃあチョロ松君は私の旦那様になるんだねえ」
「そうだ……は?」
「え?だって私だけの身体じゃないんでしょ?だったらチョロ松君の身体でもあり、後に生まれてくる貴方との子の身体になるんだなって」

待って待って待って。幸せそうに笑ってるのは良いんだけど可愛いんだけど、そこまで話飛ぶの?

「ずっと待ってるんだけどね、誰かさんが手を出してくれるの」

あ、ダメだ。童貞卒業します。そして一生大事にします。もう離しません。


皿で切った位で包帯は過保護すぎ?いいえ、俺からの重たい愛情だと思っていてください。

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