パンとミルクの朝

夢を見た気がする。
好きな彼と一緒に朝ごはんを食べる夢。
結婚している訳でもないし、なによりまだ学生だ。
昼ごはんならわかるが、彼がそんな早くから私の家にいる訳がない。
そんなことを考えながら時計を見つめる。休日にしては早く目が覚めてしまった。

ぐぅ、とお腹から飯くれコールが聞こえる。私はあくびを一つ漏らすと自室の扉を開ける。
すると、なぜか美味しそうな香りが鼻をくすぐった。
今日は親が朝から出かけていないはずだ。ご飯を作っていってくれたのか?それにしては暖かな匂い。
そんな事を疑問に思いながら階段を降りるとそこには夢に見た光景が広がっていた。

「あれ…まだ夢の中?」
「何言ってんだお前」

彼、不動明王がなぜか私の家にいる。こんなに早く。私は思わず頬をつねる。痛い。

「なんで明王が私の家にいるの?」
「昨日お前の親に頼まれた。お前、一人だと朝飯ロクに食わないらしいし」

だから引き受けた、と彼はフライパンに卵を割り入れた。
ジュワァという心地のいい音が部屋に響く。

「あー…なるほどね。粋なことしてくれるね私の親は」

ぽつり、と明王に聞こえないように呟いた。無表情気取っているが、内心嬉しすぎてにやけそうだ。

「パン焼けてっぞ。とりあえず座れよ」

先ほどのいい香りの正体はこれか。私は椅子に座ると明王がフライパンから出来立ての目玉焼きを皿にのせる。
てきぱきと動く彼はきっとご飯を作ることが慣れているんだろうな、とぼんやり思った。
昔の明王の話は聞いたことがある。その話を聞いたからこそ、手際よく料理する彼の姿を見ると少し切なくなる。

「まだ寝惚けてんのか?ミルクくらいは自分で温めろよ」

彼はマグカップを私の前に置くと、エプロンを脱ぎ向かいの椅子に座った。
私は、はっと意識を自分に戻しマグカップにミルクを注ぐとレンジへと歩く。
少し待ち、ほどよく温まったミルクを取り出すと椅子に戻った。

「明王も食べるんだね」
「俺も朝飯食ってねぇんだよ。たまにはいいだろ?こんな朝でもよ」
「…そうだね」

普段あまり見せない優しい笑顔を向けられ、とても照れくさくなる。
いただきます、と二人で言いトーストにジャムを塗る。それにかぶりつくと、とても香ばしく甘め控えめのジャムが口に広がった。

「美味しい」
「そうか」
「明王はコーヒーなんだね。大人だなぁ」
「お前はお子様舌だからな。まぁ、いつか飲めるようになんだろ」

こんなにゆったりとした朝はいつぶりだろうか。と言うより彼がいることがとても愛おしくって堪らない。

「そういやさ、さっき夢見たんだ」
「どんなだ?」
「明王と一緒に朝ごはん食べる夢」

彼はぽかん、とした顔のあと可笑しそうに笑い出した。

「なんだそれ。正夢じゃねぇか」

それにつられて私も笑う。正夢なんて信じなかったけど本当にあるものなんだね。
素敵な香りと君の笑顔で始まる休日の朝。良いことがありそうだ。


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