ひとつだけの傘のした

サァァァ、と降る少し大粒の雨の下に二人はいた。
一つの傘に二人、お互いに肩が少し濡れている。
なぜこうなったか。それは数分前まで遡る。

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「雨だね」
「そうだな」
「その傘いい色だね」
「そうかよ」
「…雨だね」
「……」
「不動、雨だね」
「何回言うんだようぜぇな!」

同じ単語を繰り返し投げかけてくる彼女に不動は思わず声を荒げた。
しかし彼女はそれに怯むことなく不動の傘を見つめ続けている。

「いやぁ、傘持ってくるの忘れちゃってさー」

あっけらかんと笑う少女に不動からため息が漏れた。
大方傘に入れてくれとでも言うのだろう。それは出来ればお断りしたい。
なぜならこの傘では二人入れば絶対に肩がはみ出る。つまり少しでも濡れるのが嫌なのだ。

「お前走って帰れよ。結構足早いだろ」
「嫌だよ!制服が透けたらどうすんのえっち!」
「誰もてめぇのなんか見ねえし興味ねえよバカ女」
「あ、ひどい傷ついた。お詫びにその傘ちょうだい」
「なんでそうなんだ!てめぇにやったら俺の分はどうなンだよ!?」
「不動こそ足早いし?サッカーしてるし?練習にもなるし?」
「その喋り方すっげえ腹立つ。てかふざけんな!この傘は俺のだ!!」

ぎゃあぎゃあと昇降口で言い合う二人に、他の生徒は関わりたく無いかのようにそそくさとその横を通り過ぎていく。
少しすると双方流石に息が切れてきた。すると不動は舌打ちをしながら傘を広げた。

「てめぇと話すだけ時間の無駄だ!俺はもう帰る!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」

少女は歩き出した不動の服の裾を慌てて掴みそれを阻止する。

「傘欲しいなんて言わないから!せめて一緒に入れて!一生のお願い!!」

手を合わせて懇願する彼女に不動は呆れた目線を送った。

(一生のお願いとか小学生かこいつ)

不動はため息をもう一つ吐くと彼女の腕を思いっきり引っ張る。
突然の事に少女はびっくりしてバランスを崩した。それは不動に抱き付く形に収まる。

「いれてやんよ。今回だけだぞ」

抱き付かれた事には全く動じず不動は空を見ていた。
しかし少女は少し赤い顔でゆっくりと不動から離れると俯きながら「ありがとう」と呟く。
そして二人で歩き出したのだ。

+++++++

「ったく、俺は濡れるのが嫌だったのによぉ」
「もー、そんな細かい事気にしないの!女々しいよ?」
「うっせ」

彼女が笑いながら言えば無愛想な返事が返ってきた。
ふと少女が先ほど不動がしたように空を見つめる。

「でもたまには雨もいいかも」
「はぁ?なんでだよ」
「だって不動と一緒に帰れる理由が作れるから!」

その言葉に不動は驚き彼女を見据えた。その顔は、真っ赤だった。
いきなりの告白じみた言葉に二人揃って言葉を詰まらせる。

「まぁ…いいんじゃね?」

曖昧な返答。でも少し笑ってみせた不動に彼女も笑みをこぼす。
雨の中、二人ぼっちはまだ続く。

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