ただ笑っていてほしい

心の底から笑うということ。
彼はそれが出来ないのだと思った。



「照美、ちょっと笑ってみてよ」

「また唐突だね」

くすり、と小さく照美は笑う。
しかし彼女が望んだのはそんなものじゃなくて。

「アンタってさ爆笑しないよね。見てみたいなあ、照美がお腹抱えて笑うところ」

部屋の中で向かい合わせ。ぷくり、とななしが頬を膨らませた。
それを見るや照美は少し目を見開くと静かに言葉を紡ぐ。

「僕は神様だから、そんな下品なことはしないのさ」

「いや、下品じゃないし。笑うことはいい事なんだよー」

ななしは両手を伸ばし照美の頬を掴むと左右に引っ張ろうとした。
────がすぐに二本の腕が邪魔をする。

「僕の顔に傷をつけないでもらいたいな」

「ちょっと引っ張ろうとしただけじゃない」

「それが良くないんだ。この僕の頬を引っ張ろうなんて愚かな考えはよしてよ」

突き出したままのななしの手に照美は自分の指を絡めるとぐいっと顔を近づけてみた。
ななしの顔に熱が集まる。それを照美は嬉しそうに微笑む。

「ちょっと近いよ離れて」

「駄目だよ。僕が笑うところが見たいんだろ?」

「そ、そうだけど…それとこれは違うんじゃ……っ!?」

ななしが言い終わらないうちに照美はすばやく彼女の唇を塞いだ。
少し長めの、キス。
そして静かに唇を離すと先程より顔の赤いななしの顔。
何か言いたそうだがまるで酸素の足りない金魚の様に口をぱくぱくと動かすだけ。
その様子に照美はぷっと吹き出した。

「ち、ちょっと何笑ってんのよ!!」

「いやあ可愛いな、ってさ」

「か、かわ……っ!?」

どうやらこの女の子は可愛いと言われるとは思ってなかったらしい。
顔はまるで熟れた林檎のようだ。
照美はそんな彼女をみてついに笑いを堪える事が出来なくなった。

「こんな事で笑わないでよー!」

「あはは、いいじゃないか今のななし可愛くておかしいんだもの」

それは褒め言葉なのか貶し言葉なのか。
彼の言葉はいつだってそうだ。でも、悪意が無いことも知っている。
でも最終的に笑顔が見れたのだからいいか、と考えるななしであった。



前言撤回、彼は心の底から笑ってくれました。
ただ少し意地悪な方法ででしたが。





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タイトルは「ひよこ屋」様より

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