見上げればそら
少女は絵を描くのが好きだった。
暇さえあればスケッチブックを取り出し、その場の風景を描き始める。
そんな少女、ななしは下水道で暮らす亀たちとひょんな出来事から知り合い、友達となった。
二足歩行で喋る亀にななしは、はじめ驚きもしたがすぐに表情を明るくし彼らの手を取るとブンブンと振ったのだ。
彼らは修行の為よく動く。それをななしがスケッチをする。そんな日々が続いた。
「よぉ、将来有望な画家さん。今日もまた描いてんのか」
ソファに座っているななしの隣にトレーニングが終わったらしいラファエロがどっかりと腰掛けてくる。
ななしは目線をスケッチブックからラファエロに移すと、えへへと笑った。
「皆のスケッチをしてるとね、アクションポーズが上手くなる気がするんだ」
「だけど描きにくくねぇか?俺ら亀だしよ」
「確かに甲羅は描き難いけど、それ以外は人間と同じだもん。むしろ楽しいよ」
そういいながらななしはスケッチブックをぱらぱらとめくっていく。
そこには瞑想をするレオナルド、サンドバッグに拳をこめるラファエロ、機械をいじるドナテロ、ヌンチャクを振り回すミケランジェロ等が描かれていた。
ラファエロも横目でスケッチブックを見ているが、彼は小さく「あ、」と声をあげる。
「これは…」
「ん?この絵?」
「あー、なんというか……」
そこには綺麗な蒼が広がっていた。
ななしにとっては毎日見る風景だが、自分達には何度も見る事の出来ない景色。
そう、透き通った空の絵だった。
「これは空気が澄んでて綺麗だったから思わず描いちゃったんだよねー」
「……そうか」
とても羨ましくて、でも諦めはついていて。
そんなラファエロの心を察したのか、ななしは少し考える素振りをする。
そして何かを思いついたのかスケッチブックを勢いよくたたむと、そのまま立ち上がった。
いきなりの行動にラファエロはぽかん、と口をあけるがななしはラファエロのほうを向いてにかっと笑う。
「私が皆に空を見せてあげる!!」
そう言うと走って帰ってしまった。
この様子には他の兄弟達も手を止め顔を見合わせながら首を傾げる。
ソファに残されたラファエロも少し困惑気味に溜息をつきながら「…馬鹿か」と小さく呟いた。
数日間、ななしは下水道に顔を出さなかった。
いつも毎日来ていた彼女がいない事により、皆の調子も少し狂っている様子。
そんな時ダンベルを持ち上げるラファエロにミケランジェロが頬を膨らませながら詰め寄ってきた。
「ちょっとラファエロー!ななしちゃん来ないんだけど!!」
「なんで俺にいうんだよ」
「だってななしちゃんと最後に喋ったのラファエロじゃん!」
ぶーぶー、と末っ子が駄々をこねた。ラファエロは少しイライラしてきている。
「俺は何にもしてねぇ!ただアイツがいきなり『空を見せる』なんて言って飛び出してっただけだ!!」
「…空?」
ミケランジェロの頬は元に戻り、逆にきょとんとしてしまった。
するとドナテロやレオナルドも集まってくる。
「空って…穴でもあける気かな?」
「いや、それはないだろう…」
寒色兄弟がそんな事を言っているとパタパタと小さな足跡が部屋に響き渡った。
「みんなー!久しぶりー!!」
そう、今噂されていたななしのご登場だ。
「ななしちゃーん!もー、なんで来てくれなかったのー!?」
甘えんぼ末っ子が再び頬を膨らますとななしはごめんね、とその頭を撫でた。
ふと見ると、ななしは大きな丸めた紙を抱えている。
「お前…その紙、まさか……」
ラファエロが声を途切れ途切れに紡ぐと、彼女はふふっと微笑んだ。
「うん。皆に空を見せてあげるって言ったでしょ!そぉーれ!!」
ばっと広げた紙に描かれていたものは、この間ラファエロが見た空の絵を大きくしたような、蒼。
いや、蒼だけじゃない。端の方は早朝や夕暮れを思い出させるグラデーションが入っていた。
「これは…見事だね」
「すごーい!空だ!!」
「ちゃんと時間が経過している風になっているんだな」
兄弟達が歓声の声をあげる中、ラファエロはその場で固まっている。
そんなラファエロの前にななしは立つと少し照れくさそうに頬をかいた。
「ほら、ラファエロ達は昼間に中々外に出れないじゃない?やっぱり空を見たいかなって思って…」
「……」
「思い過ごしだったらごめんね。私の画力じゃまだまだだけど…少しは見れ、うわっ!!」
「ななし、まったくお前ってヤツは」
ラファエロはななしの頭を力強くわしゃわしゃと撫でる。その顔は、笑っていた。
「最高だぜ!!」
その後、その絵は壁の少し高い位置に貼られる事になった。
本物は中々見れないが、本物そっくりの自分達の空がいつでもそこに。
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タイトルは「rim」様より