お月様に願ってみても、叶わないのは分かっていた



知ってる?今日の夜は日本では『十六夜』っていうのよ


普段手合わせをする彼女が突如言い放った言葉。
難しい日本語にレオナルドは思わず首をかしげた。
結局意味は教えてもらえずななしは帰ってしまう。
レオナルドより数段強いななし。
それに追いつきたくてレオナルドは二つの刃を交叉させると、
静かな夜をたった一人で駆けた。

(なぜ…なぜ俺はななしに追いつけないんだ)

走りながらギリッと歯を食いしばる。
年齢はあまり変わらない。しかも体格でいったらこっちの方が有利だともやもやレオナルドは足を止めた。
空にはぽっかりと浮かぶ月。しかし、その月は少し躊躇っている様にも思える。
まるで自分の様だ。だが、あの光はレオナルドが求めるまさしく『彼女』であった。
罰の悪い顔をすると彼は自分の家へと戻る。
空では月と同時に黒い雲が蒼い雷を放っている風にみえた。


次の日、外は土砂降りの雨。
ななしは少し濡れた上着を脱ぐとレオナルドに手招きをする。

「レオナルド、手合わせをしようか。…外でね」

その言葉に周りにいた兄弟達が驚きの声をあげた。

「ちょ、ちょっとななしちゃん!外すんごい雨降ってるんでしょ!?」

「いくらなんでも風邪ひくよー」

「いや、楽しそうじゃねえか。俺も混ぜろよ」

ラファエロがサイを片手にななしに言うが返事は、NO。

「ダメよ、これは刀の手合わせなの。いいですか?先生」

呼ばれたスプリンターは静かに口を開く。

「よかろう。じゃが、あまり無理はせんようにな」

「ありがとうございます先生」

チッという舌打ちは聴こえないことにして、ななしがレオナルドの方を向いた。

「いいわね?」

「ああ、わかった」

彼が頷くと二人は外へと向かった。



やはり外は土砂降りの雨。今夜は月も出ていない。
それなのに、なぜかななしが月のように光って見える。

「じゃあ、相手に『まいった』と言わせたほうが勝ちね」

「よし、受けてたつ」

二人がお辞儀をすると双方の両手は刀を掴む。
そして雷を合図に二人は相手へと突進した。

ななしの動きは迷いなど断ち切ってしまいそうなほどまっすぐでしなやかである。
少しの油断が命取りになる事を知っているからだ。
レオナルドは少し詰めが甘い。動きは申し分ないのだが、迷いが出る。
ここが徹底的な差だろう。

「────っ!」

降りしきる雨に足を取られレオナルドの身体が後ろへと傾く。
その瞬間をななしは見逃さなかった。


ザッ


ななしの刃は倒れたレオナルドの喉下に突きつけられている。
これはギブアップせざるをえない。
しかし、これはあまりにも悔しい。
ああ、ななしはなぜこんなに近いのに遠く感じるのだろうか。
力の差からだろうか。
レオナルドは刀から手を離しななしに向かって指を伸ばした。
なぜ、掴めないのだろう────

「レオナルド、まいったしなさい」
それじゃないとその手を取れない、とななしは呟いた。
しかしレオナルドは言葉を発しない。
濡れた鞘から水が滴り落ちる。

「……」

ななしは静かに刀を鞘に戻すとレオナルドの手をとり座らせた。
そして彼の頬をななしは優しく撫でる。

「十六夜はね、月の名称でもあるんだけど意味があるの。…躊躇するって意味よ」

レオナルドは口を結ぶと頬を撫でるななしの手を掴み下に降ろした。

「俺は……なんでななしみたいになれないんだ…」

悔しくて、涙が出そうになった。

「私は強くなんか無い。ただ、レオと違うのはためらいがないだけ。それだけ貴方は優しいのよ」

ななしが微笑むとレオナルドの頬に雨と涙が混じって落ちていく。
雨の音と共にそれは彼方へと消えていった。




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BGM「AnCiEnt Sword 2nd / 蒼雷の剣」WAVE feat 片霧烈火

タイトルは「ひよこ屋」様より
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