あっけなくも後悔のない人生でした




君と初めて出会った夜は




憎たらしいくらい綺麗な満月でした








「あれ?また来てくれたの?」

少し高めの少女の声に、とらは眉間にしわを寄せる。

「てめぇの為に来たんじゃねぇよ。ここの場所が寝るには丁度いいだけだ」

そう言うと、とらは少女の隣に少し乱暴に座る。
すると少女は頬をぷぅ、と膨らました。

「てめぇじゃないって何回言えばわかるのよー。私の名前はななしだってば!」

少女、もといななしがとらの腕をポカポカと叩く。
しかしとらは痛くも痒くも無いようで、ただ呆れた顔をするだけ。

「名前なんざどーでもいいんだよ。てめぇこそいつもより来るの早いじゃねえか」

頬杖をつきながらそう問うと、ななしの顔が少し曇った。

「…だって私、もう」

ななしが俯くと、とらは溜息をつき空を見上げた。

「言いたい事があんならさっさと言っちまえ」

わしはとろいのが何よりも嫌いだ。と言うとらの毛が風で少しなびいた。
ななしの髪もなびくと同時に口を開く。

「人間てさ、あっけないよね」

「あぁ。あっけねぇったらありゃしねぇ」

「でもさ、あっけないからからこそ嬉しい事も悲しい事も沢山あるんだよねぇ」

「ふんっ。わしには理解できねぇな」

「とらは私達の何倍も生きてるんだもんね。あーあ、私も妖怪だったらなぁ」

「仮にお前が妖怪だったとしても、弱っちくてすぐにお陀仏だろうよ」

「あ、ひどーい」

ななしはくすくす笑うと、ゆっくり立ち上がった。未だにとらは空を見ている。

「でも、生きるって素晴らしい事だと思うんだ。今の時代、そう思わない人も沢山いるけど……」

ななしはくるりととらの方に振り向き、にかっと笑いかけた。

「私は自分が生きた事を誇りに思うよ!」

するとやっととらはななしの方を見た。
月の逆光に照らされているななしに目を細めながら、ケッと悪態を付く。

「お前って本当に馬鹿だな」

「馬鹿でけっこう!」

にしし、と笑うななしにとらの眉間のしわが増えた。

「とら。また一緒にお話してくれる?」

「わしじゃ無くて、てめぇが勝手に喋ってるだけじゃねぇか」

「…そうだっけ?」

「……かんっぺきに馬鹿だな。」

「もー!馬鹿馬鹿言わないの!…じゃ、そろそろ行かなきゃ」

一際強い風が吹く。ななしの髪もとらの毛も舞い上がった。


「じゃあねとら。お陰で寂しくなかったよ」


高い声が響く。もうそこにななしの姿は、無い。

「…本当にあっけねぇな。…ななし」

そんな呟きももう、少女には届かない。






(貴方と出会って四十九日目の夜)

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