I desire to the bottom of the water
この間、戦闘の際に海へ落とされた。
どぷり、と落ちる体はきっと『普通の人間』だった頃よりも沈みやすいのだろう。
私は電撃に特化しているけど、水に濡れても特に漏電はしなかった。……きっと、どこでも戦える様にあの人達が改造をしたんだ。
それでも皆より水の中は苦手だ。異様に重さを感じる。
口からこぽぽと丸く昇っていく泡を見て、思わず瞳を細めた。
「(苦しいと、思わない)」
本当は感じる筈の息苦しさ、呼吸、生きている証拠。なにも、感じない。
もう、にんげんじゃない。
鈍く落ちていく体は仰向けに変わり、瞳は水面に光る太陽を捉える。
ぼう、っとそれを見つめていると、誰かがこちらへ泳いでくるのが見えた。
「綾菜!」
水中でもはっきりと聞こえる声。
空から降ってくる光を背にこちらへと手を伸ばし泳いでくる貴方。
「ピュンマ……」
私の口から泡と一緒に言葉が漏れていく。
ほっとしたのか意識がふわっと水に溶けるように微睡む。
最後に見たのは私をしっかりと抱きとめる褐色の肌と、光のコントラスト。
とても綺麗だなあ、なんて、呑気に思った。
*
「ピュンマさ、この間重くなかった?」
リビングで二人並んでソファに座りながら問いかけた。
おもわず主語を抜いて話しかけてしまったものだから、本へと向いていた瞳が不思議そうにこちらを見る。
「え、いつの事?」
「この間の海で戦った時。私が沈んだ時に助けに来てくれたじゃん」
残り少なかった甘めのコーヒーを飲み干し、カップを置きながら問えばああ、と合点が行ったような声。
そしてその手に持っていた本を静かに閉じて彼は顔を私へと向けた。
「水の中って浮力が働くから全然重くなかったよ。でも、あの後気を失った時はびっくりした」
「私も気を失うとは思わなかった…」
たはは、と申し訳なさそうに笑えばピュンマ背中を丸めながら苦笑する。
「…あの時さ、綾菜の瞳から生気を感じなくて、まるで出会った時の様だったから」
その言葉に思わず肩が震えた。
出会った時。私が皆を傷つけようとした時。
自分の意志ではなかったとしても、変えようのない真実。
「君とはあれがはじめましてだったけど、皆から話は聞いていて会えるのをとても楽しみにしてたんだぜ」
私から顔を少し逸らし、照れ臭そうに話すピュンマ。
「わ、私だって!ピュンマと会うの楽しみにしてたんだよ!とても頼れるお兄さんだって聞いてたから…っ」
思わず立ち上がって力説すればびっくりしたように目を見開いてこちらを向く彼の顔。
「この間だって、ピュンマが来てくれなかったら…きっと……」
私は沈むことを望んだのかもしれない。
ぐっと泣きそうになるのを堪えて下を向くとピュンマが私の手を掴んで静かにソファへと座らせた。
「…なんだろうなあ。ジョー達が放っておけないのもわかるなこれ」
ぽつりとそう呟くと私の頭を優しく撫でてくれる。
「綾菜が水の中で動けなくなったらいつでも助けにいくから、生きる希望だけは捨てないでくれ。あの目は、心臓に悪い」
……お見通しだったようだ。
彼はその優しさでいったい何人を救ってきたのだろうか。心から平和を願いながら戦ってきたのだろうか。
サイボーグになる前からずっとずっと、誰かを生かすため、自分が明日を生きていくために戦ってきたのだろうか。
「……うん。ありがとう。私もピュンマがピンチになったら助けに行くからね!」
「頼もしいな。綾菜の電撃は強いから」
海の中とはちがう、窓から差し込む光がまた彼を照らす。
やっぱり綺麗だなと目を細めて私はまた呑気に思ったのだ。