The sky at the eternity
それから数日、ギルモアと目覚めたイワンは研究室に入ったまま出てこなかった。
心配そうに見守る00ナンバー。時計の針だけが進んでいく。

「…本当に大丈夫だろうか」

グレートが口を開けばフランソワーズが反論する。

「大丈夫よ!博士とイワンがついているんだもの……っ」

しかし、絶対という確証はない。するとリビングのドアが開く。
一斉に集まる視線の先には博士とイワンが。
ギルモアは少し俯き加減に視線を逸らす。

「博士!綾菜は!!綾菜はどうなったんですか!?」

ジョーが博士に近寄るが博士は俯いたまま。
代わりにイワンがテレパシーで皆に伝える。

『もう傷はほとんど完治している。感情制御装置も彼女がショートさせてくれたおかげでなんとか外す事が出来た。ただ…』


めを、さまさないんだ


その言葉に皆は目を見開いた。そしてジェットが声を荒げる。

「なんでだよ!もう治ってんだろ!?」

イワンは静かに俯きぽつり、と呟いた。

『……綾菜自身が拒絶しているんだ。自分が起きることを』

「なんで!あの子は何もしてないのに!!」

ジョーも立ち上がり訴える。
綾菜がやりたくてやった事ではないのに、何故彼女は自分を責めるのか。

『それはあの子の…綾菜の過去にある。自分を責め続けた過去が、ね』

「か、こ……?」

00ナンバー達にはよくわかる痛みだった。過去の事など忘れられるわけもない。
それが悲しい思い出ほど────

『僕からは詳しくは言えない。綾菜もそれは望んでないだろう。ただ、一つだけ言える。あの子は…────親に捨てられたんだ』

シン、と静まりかえる室内。信じられないと張々湖が声をあげる。

「こんな平和な日本でもそんなことあるのカ?!」

『今の日本は心が荒んでいる人が少なからず居るんだ。その被害者の一人が綾菜だ』

平和だと言われる日本。しかしその裏側、人間性が問われる世の中。
見た目や能力で判断され絶賛されもすれば侮蔑もさえれる。

「こんな、笑顔が素敵な子がそんな過去を持っていただなんて…」

必死に隠していたのだろう。笑顔で誰にも悟られないように。

「…博士、綾菜の所へ行ってもいいですか?」

ジョーが博士に問う。ギルモアはゆっくりと頷き、そのほうが綾菜も喜ぶじゃろうと話した。
すると────

「何一人で行こうとしてんだよ」

後ろからジョーの肩を叩くジェット。そして皆が立ち上がる。

「皆で迎えに行ってやろうじゃないか。眠り姫を、さ」

口元に笑みを浮かべながら腕を組むハインリヒ。
ジョーは嬉しくなり笑顔で返す。沢山の足音がギルモア邸に響き渡った。



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子供が泣いている。誰だろう。
近づいてみるとそれは紛れもない、幼い私。

大好きだったくまのぬいぐるみを抱き、泣いていた。

怒られた。自分のせいだと。
お母さんの機嫌が悪いのも、お父さんの仕事が上手くいかないのも。

私はただ謝ることしかできなくて。
泣く事しか、出来なくて。

叩かれても、蹴られても親の前では泣かなかった。
泣いたらまた叩かれるから。

自分の部屋に篭って一人で泣く毎日。学校に行けば痣だらけの私を笑う声。
言葉の暴力、なによりも痛かった。自分の居場所なんてなかった。

ある日、お父さんもお母さんも帰って来なかった。
ご飯の時間を過ぎても誰も帰ってこない。

家のチャイムが鳴る。開けると其処には警察の人。
そして私は親戚のおじいちゃんとおばあちゃんの家に引き取られた。

楽しい思い出。それは両親が死んでからの思い出。
後から聞いてしまった。


お父さんとお母さんは電車に轢かれたと────


なぜか涙が出てきた。あんなに酷い事したのに。
それでも、あの人達は自分の親だったんだと実感させられた。

自分のせいで二人は死んだんだと、思った。

それから風景が変わる。おじいちゃん達の家を飛び出して変な男達に連れて行かれ、目が覚めたときにはもう人間じゃなかった。
そのまま逃げて逃げて、海に逃げた。そしてジョー達と出会ったんだ。

それなのに、優しくしてくれたのに私はあの人達に刃を向けた。
殺そうと、した。

やっぱり生きてちゃいけないんだ。私が居なくたって誰も心配なんかしないんだ。
ねぇ、そうでしょ?お父さん、お母さん。

真っ暗闇。まるで私の心の中。
私はこのまま死ぬのかな。それもいいかもしれない。


『────っ』


誰…?誰かの声が聴こえる。


『────…て!』


よく聞こえないよ。


『目を……────て!』


闇に光が差し込む。これは、何?


『目を開けて!』


嫌だよ怖いよ!また皆を────


『怖くないから。もう、大丈夫だから』


手を差し伸べられる。
戸惑いながら私はその手を握った────────







「綾菜!」

綾菜がゆっくり目を開けば其処には見慣れた鳶色の瞳。
そして綺麗な金色が綾菜の頬を掠める。

「良かった…!本当によかった……っ!!」

涙ながらにフランソワーズは綾菜を抱きしめる。
周りを見回せば良かったと胸を撫で下ろす者達の姿が。

「私…なんで……?」

『ぼくと博士が君の感情を支配していた装置を取り外したのさ』

ふよふよ、と揺り籠に乗りながら綾菜の元へと降りるイワン。
ギルモアも諸々の装置を確かめもう大丈夫だと笑った。

「で、でも私はみんなを殺そうとしたんだよ!?それなのに……」

「いや、お前さんは殺そうとなんてしていなかったさ。見ろ、誰も傷を負ったものはいないだろう?」

ハインリヒが言うとジェロニモが頷く。そう、実際怪我をしたのは綾菜だけだったのだ。
するとジェットが罰の悪そうな顔で綾菜に近づく。

「あー…、その、悪かったな」

「え?」

「だから!敵だなんて疑ったりして悪かったって言ってんだよ!!」

思わず声を荒げるジェットに吃驚しながらも綾菜は手を横に振った。

「そ、そんな!私は気にしてないから!!」

「…そーかよ」

ふいっと、ジェットがそっぽを向けばグレートが綾菜に「照れてるんだ」と耳打ちする。
しかし聴こえていたようで顔を真っ赤にしながらジェットは否定していた。
どっと笑いが起こる。それにつられ、綾菜もぷっと吹き出してしまった。

「あ!お前!!」
「ご、ごめん…!あまりに面白くて…!!!」

あはは、と笑う綾菜に皆が安堵の笑みを浮かべる。

「やっぱり君は笑ってる方が素敵だよ」

ジョーが綾菜の頭を撫でながら笑う。どこからか天然女タラシめ、と聞こえてきた。

「…私、ここにいてもいいんですか?」

その問いかけに皆は笑顔で答える。

「もちろん!」

涙が出た。嬉しかった。初めて自分の居場所を見つけたような気がした。

「よーし!今日はパーティネ!綾菜は何が食べたいか言うヨロシ!!」

張々湖が張り切れば他の皆も乗った!とばかりに各自散らばる。
盛大なパーティになりそうだ、とジョーは苦笑した。

「ねぇ、綾菜」

「ん?どしたのジョー?」

「君は一人じゃないんだ。もっと頼ってもいいんだよ」

「!!」

フランソワーズとギルモア、イワンも頷き笑う。
これが仲間というものなのか。とても嬉しかった。





お父さん、お母さん。貴方達にとって私はなんだったのでしょう。
私は自分を責めました。生きてちゃいけないんだと思いました。
でも、私はやっと居場所を見つけました。国籍は違えど暖かい、家族の様な場所を。

この日の空はとても綺麗な、雲ひとつない青空でした。


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