他の人には優しいくせに
鉢屋三郎という男は基本表面上は優しい。
優しさにも種類があるのだが、特に後輩には甘い気がする。
神屋奏という女は基本的には優しい。
しかし、鉢屋三郎の前になるとどうしても意地を張ってしまう。
前回、七松小平太のボールが当たってしまい気を失った奏。
そのお礼にと奏は後輩達に謝りながら美味しいお団子を渡していた。
後輩達は自分達のせいでこんな事になったのだとひどく落胆していたが、
そんな事はない、と奏が優しく頭を撫でるとホッとしたのか二人して笑みを零していた。
さて、問題は鉢屋である。
奏の性格だ。普段は突っかかっている仲なせいか、何を言っていいかわからない。
素直になれないのだ。他の同い年の忍たまには普通に接する事ができるのに。
不破雷蔵とは出会った当初、よく鉢屋と間違えていたせいか一番仲がいいかもしれない。
同い年なのにどこか「兄」を思わせるのだ。
久々知兵助とは食事の時間によく鉢合わせをする(豆腐物の時が多い気がするが)。
彼が豆腐の説明をしている最中に奏がぺろりと平らげてしまうのでよく怒られている。
竹谷八左ヱ門にはよく脱走した虫達を捕まえてくれと頼まれる事が多い。
奏自身、虫や蛇などは苦手ではないので良い話し相手だ。
尾浜勘右衛門は新しく学級委員長委員会に入った事で知り合ったが、
打ち解けるのが中々に早かった。
何故、鉢屋の前では普通に接する事が出来ないのか奏は悩んでいた。
からかわれるのは最初は嫌だったが、今では少し嬉しい自分がいた。
そんな自分が嫌で、わざとそっけない態度をとってしまう。
くの一のたまごがそんなんでどうするのか。
男の隙に付け込むのがくの一のはずなのに、奏の性格上それが苦手だった。
どうやってお礼を言おうか、木陰で悩んでいると────
「なーに暗い顔してんのお前」
「うひゃああああああ!?」
上からばさぁっと逆さ吊りになりながら振ってきた鉢屋に思わず悲鳴を上げる奏。
条件反射で平手打ちをかましてしまいそうになるが、ぐっと堪えた。
「い、いきなりびっくりするじゃない!心臓に悪いからやめてよ!!」
「んー、でもさ、普段のお前なら気配くらい感じ取れるだろ。そんなに真剣に悩む事でもあったか?」
ざっ、と下りてきた鉢屋は奏の顔を覗き込むが少女は顔を赤くして一歩下がった。
感情が顔に出やすい、これはくの一として失格である。
よく今までくの一をやってこれたと自分を褒めてあげたいくらいだ。
「そ、その…この間、医務室まで運んでくれたって善法寺先輩から聞いて……」
これ…と美味しそうな三色団子を差し出す。
そんな奏に鉢屋はきょとんとした顔を見せたが、一瞬にして意地の悪い顔へと変わった。
「お前ってさー、ちっこいわりに体重あるよな」
その言葉にかぁぁっと顔が熟れた林檎のように赤くなると同時に言い返そうとするが、
鉢屋の手のひらで口を塞がれた。
「せっかく運んであげたんだからさ、もうちょっとご褒美欲しいよな」
「むぐっ!?」
「そうだなぁ…、私の事を名前で呼んでくれよ」
そうしたら手を離してやると言ってくる鉢屋に奏は冗談じゃないと言うように首を横に振った。
「そうか…それなら……」
鉢屋は顔を近づけると目を細め口の端をあげる。
「ここでいけないこと、しちゃおうか?」
その言葉に驚愕した奏は無理やり自分の口を塞いでいる鉢屋の手のひらを払うと、
肩で息をしながら半ば叫ぶように口を開いた。
「わかったわよ!呼ぶわよ!!…さ、三郎……っ」
鉢屋は満足気に笑うと奏の頭を撫でた。
奏は俯いたまま動かない。肩が、震えている。
必死に泣かないように、耐えているようだった。
「…奏、お前くの一に向いてないよ」
「……よく言われる。でも…」
恐かった、と漏らす奏に鉢屋は心のどこかが傷んだ気がした。
普段ならこんな事ないのに、なぜこの少女の前ではこんなに意地悪になってしまうのか、
それは自分でもわからないのだ。
結局、二人して天邪鬼なのかもしれない。