少し印象が変わった
薬の匂いが鼻腔を擽る。
ん、と小さな声を漏らし奏は目を覚ました。
しかし、頭が酷く痛い。頭の中で鐘が鳴り響いている感じだ。
「いった……っ」
「あ、神屋さん起きた?」
痛む頭を抑え身を起こすと隣には六年生の善法寺伊作が薬を調合していた。
そう、ここは医務室。そこで奏は寝かされていたのだ。
「ぜ、善法寺先輩…?私どうして……」
状況が飲み込めず奏は身を乗り出すが、伊作の手がそれを阻止する。
「まだ安静にしてた方がいいよ。なんせ、小平太のボールをもろに受けたんだから」
奏は目を見開いて驚愕した。
「わ、わわ私生きてますよね!?」
「うん。とっさに箒で受身を取ったみたいだからねえ」
直接当たってたらちょっと危なかったかも、と苦笑する伊作に血の気が引いた奏。
「箒は!箒はどうなったんですか!!」
ちょっと論点がずれているが、今は箒の方が気になって仕方ないらしい。
伊作は静かに首を横に振る。奏の顔が更に青くなった。
「あああぁぁぁ…。また吉野先生に怒られるううう」
頭を押さえブンブンと横に振る奏に慌てて伊作が止める。
ガンガンと痛む頭の中で少し前の事を思い出した。
いつも通り後輩と一緒に掃き掃除をしていたら体育委員会の声が聴こえてきた。
ボールがこっちに来ると危ないからと奏は後輩達と他の場所に映ろうとしたそのとき────────
あぶないっ!!!!
誰かの声が響いて奏が振り返ると後輩達に迫り来る剛速球。とっさに奏が動き二人をかばったのだ。
しかしそのせいで受身をとった箒は真っ二つに折れ、そのまま奏の額へとクリーンヒットした。
そこから先の記憶は、ない。
そんな一連の騒動を思い出しよけいに頭痛が増した気がした。
「庄左ヱ門と彦四郎に怪我は……っ」
「大丈夫。君のお陰で二人とも怪我はなかったよ」
ほっと胸を撫で下ろす奏。そして一つの疑問が。
「あの、私をここまで運んでくれたのは先輩ですか?」
すると伊作は少し意地悪な笑みを浮かべる。
「違うよ。ここまで君を運んでくれたのは鉢屋」
「ああ鉢屋……ってはちやああぁぁぁああ!?!?」
ありえない!と頭痛をそっちのけ伊作に詰め寄る。
「そうだよー。いやぁ、お姫様抱っこでね。まるで王子様のようだったよ」
あはは、と笑う伊作だが奏はみるみる顔を真っ赤にさせた。
(あの鉢屋が?!いつも酷い言葉しか言ってこないあいつが!?!?)
どういうことなのおおぉぉぉ、と奏の頭は混乱していくばかり。
そんな奏に伊作は冷静に
「ちゃんとあとでお礼言いなね」
と言う始末。どうやってお礼を言おうかなんて思いつかない。
どうすればいいのだろうとぐるぐる脳内が回る。
「あ、あと後輩達にもちゃんとお礼言うんだよ。すごく泣いてたんだから」
その言葉に奏は少し自我を取り戻す。
きっとあの良い子達の事だから自分達のせいで、とか考えているんだろう。
「……わかりました」
「お、よしよしいい子いい子」
頭を撫でる伊作に奏は頬を膨らませる。
「私小さい子じゃありません!」
「まぁまぁ、もう少しおやすみ」
そんな奏の言葉を華麗にスルーし奏を静かに横にさせる。
「…ご飯までには起こしてください」
「もちろん」
ご飯が何よりの活力な奏。伊作はふふ、と笑う。
(それにしても────)
あの鉢屋が血相変えて医務室に入ってきたとき、伊作はとても驚いた。
その腕には小さなくの一。後ろにはわんわん泣いている一年生。
そこまで皆に好かれてるのは良い事だ、と一瞬思い治療に取り掛かったのだ。
「人徳ってやつかな」
一人は違うような気もするけど、と重い腰をあげ伊作は薬棚へと向かった。