第一印象は最悪


忍術学園の食堂から美味しそうな匂いが漂ってきている。もうすぐ夕食だろうか。
外はもう夕焼けが少し薄れて夜が近づいて来ている。

そんな時、事は起きた。


「久々知くん…」

「ん?何だ?」

久々知と呼ばれた忍たまこと、久々知兵助が声のするほうを振り向くと、そこには見知らぬくの一がもじもじっとしながら立っていた。

「…誰?」

「私、神屋 奏って言うの。実は…ずっと前から…」

奏と名乗ったくの一は少し顔を赤らめながら上目遣いで兵助を見つめる。

(も、もしやこれは…!)

と、兵助も顔を赤らめたがはっ、と我に返った。
相手はくの一、何をされるかわからない。

そう思った兵助は、なるべく隙を見せないように心の中で身構えた。

すると、奏の顔がゆっくり近づいてくる。

「久々知くん。ずっと前から貴方がす────」
「!!」



カカッ



奏が、言葉を言い切る前に何かが飛んできた。
もちろん二人は避けたが、その飛んできたものは


「手裏剣…!?」

「…もう来たか」


奏がそう言う、手裏剣が飛んできた方から小さな影が走ってくる。
────と思ったら素早い身のこなしで奏の顔に飛び膝蹴りを食らわせた。


そして、一言


「人の顔勝手に借りて何してんだ鉢屋ぁぁぁぁぁあ!!!!」


「は、鉢屋ぁ!?」


驚きちょっと間抜けな声を発した兵助が飛び膝蹴りをした人物に顔を向けると、そこには先程目の前に居た少女、奏の顔があった。


「い、今のは流石に痛かったぞ奏」


いてて、と顔を擦りながら起き上がった蹴られた方の奏。
しかし、声は完璧に男性の声に戻っていた。

「おま…っ!三郎だったのか!!」

「あはは、バレちゃしょうがない。」


そう言うと三郎は顔に手を当て、パッと顔を同級生の不破雷蔵の顔に戻す。

「あんたね!いい加減にしなさいよ!?ふらりと居なくなったと思ったら久々知くん…だっけ?にまで迷惑かけて!しかも私の顔で!!」


凄い剣幕で怒鳴る奏を兵助はぽかん、と口を開けたまま見ていた。
それでも当の本人、鉢屋三郎はまったく気にした様子も無くへらへら笑っている。

すると、奏は兵助の方を向いて頭を下げた。

「鉢屋が迷惑かけてすみませんでした!」

「いや俺は平気なんだけど…」

「そうそう、兵助可愛かったねぇ。動揺してんのバレバレで」

「なっ…!」


また兵助は赤くなった。すると奏が反応し、三郎に詰め寄った。

「あ、あんた私の顔で何やったの!?」

「ん?ただ兵助に告白しただけさ」

いやー、いい反応だった。と、からから笑う三郎に奏も赤くなった。

「なんですってぇぇ!?!?」

「いやされてないから!未遂だったから!!」

兵助が顔の前で手をブンブン振りながら必死に否定した。

「ま、あれだな。私の変装は完璧だっただろ?背の高さ以外は」

その言葉に赤くなったまま肩で息をしている奏はピクッと反応した。

「ほら、奏は胸が無いから変装しやすいし」

ねっ?、と人差し指を立てながら三郎は兵助に笑いかけた。

「お、おれに聞くな「あんたねぇ…」


兵助の言葉は俯いた奏の低い声によって妨げられた。
奏の背中には錯覚ではあるが鬼が見える。食堂のおばちゃん並の恐怖を兵助は感じた。

「人が気にしてることを何でさらっと言うんだぁぁぁぁ!!!」

そう言うや否や奏は再び飛び蹴りを繰り出したが三郎は片手で受け止める。

「な…っ!」

「あはは、さっきみたいにはいかないよ」
そう言い、パッと顔を奏の顔に変えると、颯爽と走り出した。

「次は誰をからかいに行こうかなー」

そんな言葉を聞いては奏も黙っていられない。

「ちょ、待ちなさい鉢屋!その変装を解いてけー!気持ち悪い!!」

奏は急いで笑いながら去っていく三郎を追いかけていった。



嵐のように去っていった二人に兵助は引きつり笑いを浮かべた。
(なんだったんだ…)

頭痛してきたとこめかみを押さえた時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
「や、兵助。なにしてるの?」

声のする方を振り向けば三郎と同じ顔。いや、こっちが本物なのだが。

「雷蔵…」

「あ、もしかして三郎と奏ちゃんに会った?」

「ああ、会った…っていうかよくわかったな」

「さっき僕の横を通り過ぎて行ったから」

二人とも奏ちゃんだったけど、と雷蔵は付け加えた。

「あーもう!三郎の奴、趣味の悪いことしやがって…」

「お疲れ様、兵助」

相変わらずこめかみを押さえながら眉間にしわを寄せる兵助に雷蔵は肩を叩いた。

「でも、あのくの一見ない顔だったな」

まぁ、忍たまとくの一が出会うことは委員会以外あまりない気はするけど────
と思ったが口にはしなかった。

「あぁ、今年から学級委員になったらしいよ。年は僕たちと同じ」

「ああそう……っておれ達と年がおなじぃぃぃ!?」

「うん。小柄だからわかんなかったでしょ」

僕も最初は下級生かと思っちゃったんだよねー。とにこにこしながら言う雷蔵に対して兵助は一つ疑問が浮かび上がった。

「雷蔵はなんであの子の事知ってたんだ?お前図書委員じゃん」

「だって最初は三郎と間違えて僕につっかかってきたから」

「そういうことか」

なるほど、と納得しかけたがもう一つ引っかかることがあった。

「つっかかってきたって事はあの二人、前からああなのか?」

「そうだよー。なんか、一番最初の委員会の顔合わせの時に…」








…回想…


『はじめまして。五年くの一の神屋 奏といいます!これからよろしくお願いします』

『私は五年ろ組の鉢屋三郎だ。よろしく。それにしても…』

ずいっと身を乗り出し奏を見つめる三郎。

『ど、どうしたの…?鉢屋くん…』

『いやぁ、同い年だけど随分と小柄だなぁと』

『う。よ、よく言われるんだー』

そして、明らかに引きつり笑いをしている奏にとどめの一言。

『幼児体型みたいだけど色の授業とか大変じゃないか?』

その後、奏は一時間近く三郎を追い掛け回したらしい。



…回想終了…






「……って事があったらしくて」

(最低だ!それは言っちゃいけない事だ三郎!!)

兵助は友の言動に頭痛が増した気がした。

「でもね」

「ん?」

「その日の夜、三郎が言ってたんだ。『面白い奴を見つけた。』って。楽しそうに笑いながら」

「ふーん」

「ま、見てて飽きないよ。」

と微笑む雷蔵に兵助も少し頬が緩んだ。

「つー事は、八左ヱ門も知ってるのか」

「知ってる知ってる。というか僕らの中で知らなかったの兵助だけだよ」

なんかそれもちょっと寂しいな。と思ったが、まぁいいやと兵助は開き直る。

「さて、食堂に行こうか。あいつらのせいで少し遅くなったけど」

んーっと伸びをして雷蔵の方を向く兵助。

「そうだね。八左ヱ門ももうすぐ来ると思うし、あの二人もじきに来るよ。……食堂に着いたら兵助は絶対にびっくりすると思うけど」

「へ?」

「まあ、真相はお楽しみって事で」


そう言うと二人は食堂へ向かった。
その後食堂で5回お代わりをした奏に兵助が思わず茶碗を落としたのは言うまでもない。



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