おにいさんた
「ど、どうでしょうブルマさん……、おかしくありませんか?」
「ぜーんぜん大丈夫! 似合ってるわよー!」

12月のある日、悟飯はカプセルコーポレーションへとやって来ていた。ある物をブルマに頼んでいたからだ。

「しかし悟飯くんも偉いわねぇ。二人のためにサンタの役を引き受けるなんて」

そう、今の彼の格好は赤い帽子に赤い服、そして素敵な真っ白い髭が口元に施されている。
悟飯は照れくさそうに頭をかきながら笑った。

「悟天と悟にはお父さんがいないので……。せめてクリスマスぐらいは、と思いまして」

何ヶ月も前から双子はサンタを楽しみにしている。サンタが実在しない事を知っている悟飯はその様子を微笑ましく見守っていた。
自分はサンタの存在を信じる前に戦いに身を投げざるを得なかったため、クリスマスどころではなかったのだ。
平和な今、弟と妹はサンタの存在を信じている。その夢を破るわけにはいかない、とブルマに頼んだのであった。

「本当にいい子ね! うちの父親は今日も重力室に篭もりっぱなしよ……」

ブルマは溜息を一つ吐くと、重力室のある方へと睨みをきかせる。それを見て悟飯は苦笑いを返す事しか出来なかった。



クリスマスイヴの夜、孫家ではチチの手によって作られたご馳走がテーブルの上にたくさん並んでいた。
悟飯と悟天はできた料理を運び、悟はチチの手伝いをしている。みんな笑顔だ。
そして、いただきます!と食事を始めるとものすごいスピードで料理が子供たちのお腹へと収まっていく。
混血でもサイヤ人が三人いる食卓は、地球人から見たらそれだけでお腹がいっぱいになるほどだ。
チチは、笑顔でご馳走を頬張る愛しい子供たちを満足気に見ながら、自分もご飯を口に含んだ。

そして楽しい食事の少し後、悟飯がお風呂から出ると、部屋では先にパジャマに着替えた双子が靴下を持ちながら楽しそうに話している。

「ねぇねぇ悟! サンタさんに何頼んだ?」
「えっとね、お店で見たお人形さん!お姫さまの!」
悟もこの時ばかりは年相応の女の子の顔をしている。事前に聞いた話によると、マーロンちゃんと一緒に遊びたいのだそう。

「悟天は?」
「僕はね! お菓子がいっぱい入った長靴!」

こーんなに大きいの!と体いっぱいに悟天は表現する。
これにはかなり苦労した。どこのデパートに行っても悟天が満足できるような大きいお菓子入りの長靴は売っていなかったのだ。
仕方がないので、チチや牛魔王と共にお菓子を沢山買い込んで、大きい長靴はブルマに作ってもらった。ブルマさんには感謝しきれない……!と悟飯は心の中でブルマに頭を下げる。
すると、悟飯に気づいた双子が彼にパタパタと近づいてきた。

「にいちゃんはサンタさんに何を頼むの?」

悟飯は優しく二人の頭を撫で、内心冷や汗をかきながら口を開く。

「兄ちゃんはもう大きいからサンタさんは来ないんだ」

えー!?と二人から驚きの声があがる。

「大きくなったらサンタさんからプレゼントもらえないのー!?」
「そんな……、おにいちゃんにはプレゼントないの……?」

悟天は驚きのあまり声がひっくり返り、悟は泣き出しそうになっていた。

「兄ちゃんはいいんだ、小さい頃にいっぱい貰ったから。さぁ寝よう! 早く寝ないとサンタさん来ないぞー」

それを聞き双子は顔を合わせると、いそいそと布団に入る。
悟飯もそれに続き電気を消して自分の布団へと潜った。『小さい頃にいっぱい貰ったから』などと嘘をついてしまった事に、少し寂しさを感じながら。



双子の寝息が聞こえてきた頃、悟飯はそうっと布団から抜け出し、母の待つリビングへと向かう。
明かりのついているリビングではチチが双子へのプレゼントを用意していた。

「お、二人は寝ただか?」
「はい、もうぐっすりと」

くすり、と二人は笑い合い、悟飯は腕につけたリストバンドのスイッチを押す。
するとたちまち悟飯の姿がサンタへと変わった。

「はー、良くできてるもんだなぁ」
「僕も初めて見たときびっくりしました」

チチは「さすがブルマさだなー」と、最初はサンタ姿の悟飯の髭を引っ張ったりしていたが、その手をぽんっ、と彼の肩に置いた。

「じゃ、頑張るだよ! おにいサンタさん!」

悟飯はそれに笑顔で答え、双子の待つ部屋へと向かった。



双子ははぐっすり夢の中。
悟飯は二人を起こさないように、靴下の中にプレゼントを入れる。悟天のは入らなかったので横に置いた。
双子の寝顔を見て、自分の二の舞になりませんように、と悟飯は祈る。
できれば悟天と悟には普通に友達を作り、学校へ行き、戦いなど知らずに大人になって欲しい。そう願わずにはいられなかった。

慈しむように双子を一瞥し、部屋を出ていこうとすると、服の裾を誰かが引っ張った。
小さな衝撃に驚き振り向くと、寝ていたはずの悟天と悟が体を起こしてこちらを見ながら服を掴んでいる。
あまりの急展開に悟飯は声も出ず、おろおろと慌てたが、その時双子が同時に口を開いた。

「「おにいちゃんにもプレゼントをください!」」

突然の言葉に悟飯ははた、と目を見開く。二人は真剣だった。

「にいちゃんはいつも僕たちのために頑張ってくれてるから! にいちゃんはすごくいい子だから!!」
「おにいちゃんはやさしいし何でも知ってるし、とてもいいおにいちゃんなんです……! だから、あの、おねがいします……!!」

暗くてよく見えないのだろう。悟飯の事を本物のサンタだと思い込んでる様子。
悟飯は双子の必死の願いに目頭が熱くなる。そして彼は、寝る前と同じようにに二人の頭を優しく撫でる。

「大丈夫。起きたらお兄ちゃんの隣にはちゃんとプレゼントがあるから」

悟飯はなるべく声を低くし、正体がバレないように、そして涙を悟られない様に静かに答えた。
それを聞いて安心したのだろう。悟天と悟は嬉しそうに笑うと再び布団へと戻っていった。



リビングに戻り、再びリストバンドのスイッチを押せば元の悟飯の姿へと戻る。
チチは涙が溜まった彼の目を見ると、ハンカチで優しく彼の目元を拭った。

「聞こえてただよ。いい弟と妹を持ったな。母ちゃんも優しい三人の子供に恵まれて、ほんっと幸せ者だべ」

その言葉に、彼の瞳にはまた涙が溢れてきた。
悟飯はハンカチを受け取ると、チチから一冊の本を渡される。

「オラからのクリスマスプレゼントだ。前にこれが欲しいっていってたべ?」

それは欲しかったけど高くて手が出せなかった昆虫図鑑であった。
目を見開き母を見やれば、彼女は穏やかに笑っている。

「メリークリスマス、悟飯」

今年のクリスマスは一生忘れないだろう、と悟飯は本とハンカチを抱えながら涙顔で笑った。
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