花菱草



「う、うわぁっ!!!」

下から聞こえたいきなりの叫び声に慧音と霊夢は驚き攻撃態勢をとる。
声の主の方を見れば今にも気絶しそうな青い顔の道…とその頬を撫でる裂けた空間から伸びる手。
二人はとりあえず脱力すると道にに近づき彼の頬に伸びている手をぺしり、と叩いた。

「紫っ!あんたもうちょっとマシな登場はできない訳!?」

「相手は人間の子供だぞ!驚くに決まっているだろう!!」

手から解放され、倒れかけた道を慧音がすかさず支える。
彼は訳がわからず目を白黒させるだけ。

「んもー。ちょっとした悪戯じゃない」

裂けた空間が大きくなり、そこからするりと紫と呼ばれた女性が現れた。


あれはようかいだ。ちかづいてはいけない


道の頭の中に妖怪としての『八雲紫』が映し出される。
逃げたいが腰が抜けて立てもしない。
紫は扇子で口元を隠し、彼の瞳をじっと見つめた。

「ふぅん、なるほどね。もうちょっと見せてもらうわ」

そう言うと、少し離れた場所にいた紫がいつの間にか道の目の前にいるではないか。
そして頬を両手で包み込み、道の瞳をよく見る。
彼にはわかった。彼女は自分に良い印象は持っていない。
慧音も心配そうに紫を見つめるがすっ、と紫が彼から離れた。

「間違いないわね。この子は『覚』の瞳を持っています。先天性だわ」

そう皆に告げた。やはり、と慧音は瞳を伏せる。

「ねぇ、貴方名前は?」

「……天蔆 道です…」

「今、私が考えていることを当てて御覧なさい」

「えっと…」

紫のすぅっと細められた瞳と、視えた心の声に彼は酷く怯えた表情になる。

「あ……」

「どうしました?言っていいのよ?」

道は恐怖に涙を零しながら小さな声で答えた。

「あ、あなたは…ちかいうちに、よ、ようかいに…なる……っ?」

「!!」

その言葉に慧音も霊夢も目を見開き、ゆかりの方を見る。

「うん、本物ね。しかも能力がぐんぐん育っているわ」

「本人に言わせる事ではないだろう!!!」

慧音は道を抱きしめたまま立ち上がり思わず怒号を飛ばした。

「本当の事よ。後で気づいて悩むくらいなら今告げてしまった方が楽だわ」

含み笑いを浮かべる紫にぐっ、と慧音は歯を食いしばる。
すると霊夢が紫の肩を叩いた。

「なんとか、抑える術はないの?」

いつになく真剣な表情の霊夢にふ、と紫は笑みを浮かべた。

「…ある事にはあります」

紫が指を鳴らすと彼女の式神、八雲藍が現れる。
その手には眼鏡が置かれていた。
それを紫は受け取ると、ゆっくりと道に近づく。
慧音は警戒したが、道には先程紫に感じた感じた『拒否のオーラ』が感じられないのに気付き、彼女に顔を向けた。

「先程はごめんなさいね。少し貴方の事を試していたの。許してちょうだい」

そう言うと優しく眼鏡を道につける。
金属特有の冷たさに一瞬怯み瞳を瞑った道だったが、すぐに瞳をゆっくり開けてみた。

「ぼ、ぼやけてあまりまわりが…」

「貴方は『心を読む』のではなく、『心が視える』のよ。だから視界を遮るしか方法はないわ」

「そ、そうなんですね…」

慧音も腕を解き、しげしげとその眼鏡を見つめる。
すると紫がふと眼鏡を外した。

「道。貴方はこれから色んな苦労をするでしょう。しかし、貴方がどんな事になろうとも…幻想郷はすべてを受け入れます」

彼女の放つ言葉と心の声は一致していた。
大体はちぐはぐな言の葉が一致している事で、道はとても安堵感を得る。

「むずかしいことはわからないけど…が、がんばります……」

そう言う彼に彼女たちは優しい笑みを浮かべていた。



- ナノ -