花蘇芳
いつからだろうか、自分の瞳の色が変わったのは。
いつからだろうか、視えてはいけないものが視え始めたのは。
「せんせい、あの…」
ここは幻想郷の人里にある寺小屋。
放課後、子供たちは元気に家へと帰っていく者もいれば友達と遊ぶ者もいる。
そんな子供たちに優しく挨拶をしながら歩いている女性がいた。
彼女はこの寺小屋で歴史の先生をしている上白沢慧音。慧音もそろそろ帰ろうかと考えているときに自分の服が控えめに引かれた。
少し驚いて振り向けば教え子の少年が立っている。少年は少し怯えている様子だった。
「どうした?君は確か天蔆 道君…だね」
慧音は少年の目線まで屈み、優しく彼の俯きがちな顔を見る。
彼女のふんわりとした雰囲気におずおずと顔を上げる道と呼ばれた少年。
その瞳の色は普通の人間とは少し変わっていた────。
「せ、せんせいは…オニ、なんですか……?」
慧音はその言葉に目を見開き勢いよく上体をあげる。
そして自分の胸の部分を抑えた。鼓動が、早い。
「い、いきなり何を…」
「ぼく、さいきんせんせいのうしろにへんなモノが視えていたんです…。ツノがはえた…ようかい?みたいなモノが」
いきなりごめんなさい、と彼は今にも泣き出しそうな顔でまた俯く。
上白沢慧音は半妖だ。種族はワーハクタク。
能力は『歴史を食べる程度の能力』、そして『歴史を創る程度の能力』。
その姿は里の人間はほとんど知らない。言い当てられたこともほぼ無いに等しい。
目の前の幼い少年は自分の本当の姿を当てた。そして、普通の人間にはありえない瞳の色。
慧音は少し考える仕草をした後、ぽんっと道の頭に手を置いた。
「道君、ちょっと今日は先生と居残り授業だ」
なるべく動揺を悟られないよう微笑みながら慧音は彼に言う。
しかし────
「……こわい、ですよね。ぼくも、こわいんです…」
せんせいのかんがえていることがぜんぶわかるんです
思わず慧音の身体がびくり、と震えた。
これは尋常ではない。彼女は稗田阿求という少女と一緒に歴史の補修をしていた時に見た文献を思い出す。
この心を読める能力は『覚』という妖怪の持つ能力。しかし道は人間だ。
稀な能力がこんな幼い人間に出てしまったというのか。
「…そうか。でも、先生は天蔆君…いや、道の事は怖くないぞ」
彼女は道の小さな手を己の両手で包み込む。
「そういう事に詳しい知り合いがいるんだ。今から時間はあるか?」
そう言うと彼は小さくこくり、と頷いた。
「じゃあ、一緒に行こう。大丈夫、私は君の味方だよ」
にこり、と慧音が笑えば道はやっと彼女の顔をちゃんと見上げた。
人のモノではない瞳が少し微笑んだ。