ひとり、遺されるくらいなら


あれからどれほど時が過ぎたのだろう。
ゆかりは高校2年生になったが最近その顔から笑みが消えた。
不動が出て行ったあの日、それ以来ゆかりの心はどこか穴が空いたように痛かった。

気怠い身体を起こしゆかりはベッドから降りる。
パジャマ姿のままリビングへと向かえば母親が朝食の準備をしていた。
トーストとベーコンエッグの香りが鼻をくすぐる。美味しそうだ。
ゆかりが椅子に座りテレビをつけると丁度ニュースがやっている。
内容は『宇宙人襲来』。最近この話題で持ちきりだ。
サッカーを挑む宇宙人。それに負ければ学校を壊される。
ゆかりはなんて滑稽な宇宙人だろうと思った。
しかし、この宇宙人達のせいで念の為にゆかりの通う高校では臨時休校が施され、
早めの夏休み到来となってしまった。

「またどこかの中学校が壊されたの…恐いわ」

母親が牛乳を持ちながらテレビを見つめため息をついた。

「そういえば最近明王君見てないわね。明王君の中学校は大丈夫かしら」

明王、その名前にゆかりは眉を顰める。
そして小さな声で「…知らない」と呟いた。

「なーに?さてはあんた達喧嘩したんじゃないの?ゆかりが世話焼きすぎるから」

母親は笑っているがゆかりの表情は険しくなるばかり。
あれは喧嘩なのだろうか。今までも喧嘩は何度もした。しかし────

「……ゆかり、貴女最近そんな表情しかしてないわよ。持ち前の空元気はどうしたの!」

ぽんっと少し強めに背中を叩かれゆかりは思わずひゃっ、と小さな悲鳴をあげる。
その場所は不動に突き飛ばされた際に強く打った場所。しかしもう痛みはない。
あの時、明王は本当に自分を嫌いになったのだろうか。
いや元々自分の事など口で言うように嫌いだったのかもしれない。
でも、明王は自分が行く場所を教えてくれた。

行き先……?

ばっ、とゆかりは顔をあげると勢いよく朝食を食べ始める。
母親が吃驚したような表情をした瞬間、ゆかりは食べ物が器官に入ったのかむせた。

「あぁ、もう何やってるの!」

背中を優しく撫でる母親。少し落ち着くとゆかりは無言でまた食べ始める。
娘のこんな姿は初めてだった。

すべて朝食を平らげると手を合わせ大声で「ご馳走様!」と叫ぶ。
そして母親の方を向き口を開いた。

「お母さん。私、愛媛に行く」

「い、いきなり何言って……」

「明王……っ明王を守らなきゃいけないの!約束したから!!」

そう言いリビングを飛び出したゆかり。背後に母親の制止を聞きながら自分の部屋へと入る。
タンスを片っ端から引っ張り出し、長らく使ってなかったキャリーケースを開けた。
そこになるべく嵩張らない服や下着を詰める。これで一週間は持つだろう。
服は適当にコインランドリーを見つけて洗濯すればいい。
次に机の引き出しを見れば奥に一枚の封筒があった。小さい頃からこつこつと溜めていたお年玉やお小遣いだ。
これで何日かもつだろう。しかし、尽きてしまった時にどうするのか。
なにより高校生は夜遅くに出歩いていると補導される。もしホテルに泊まれなかったら…。
そんな事など考えていなかった。今、彼女の頭の中は不動の事で埋め尽くされている。

身支度が終わりゆかりはゆっくりと立ち上がった。
視線の先には一枚の写真。不動が中学に入学、ゆかりが高校に入学した時に一緒に撮った写真だ。
写真の中の不動は相変わらず抱きついてくるゆかりを嫌がるような素振りを見せている。
もう、こんなじゃれあいも出来ないのだろうか。彼の横を、歩けないのだろうか。

(私は聞かなくちゃいけない。明王のあの言葉が本当かどうか)

自惚れかもしれない。でも本当に嫌いな相手に自分の行き先など教えるだろうか。
そして今度こそ守らなくてはいけない。あの石はなんなのか、不動の戦う意味はなんなのか。


まだ少しの間はお節介で世話焼きでうざったいお姉ちゃんでいさせて欲しいから。

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