笑えるとでも思っているの?


春休み。ゆかりは携帯を見つめては溜息をつく。
あれ以来不動と会ってないし連絡も取っていない。
なぜか会えないのだ。会いに行っても不動は家にいない事が多かった。
電話をかけてもメールをしても応答がない。
ゆかりはあの日の不動の表情、そして胸元で光った欲望の光を忘れられなかった。
もやもやとした霧が晴れない心を抱えたまま自室のベットへと横たわる。
すると────


ブブブブブ


ふいに携帯が震えた。
その音にゆかりは飛び起きると携帯を開ける。
そこには「明王」の文字。どうやらメールのようだ。


『今から行く』


送られてきた言葉はその一言だけだ。
不動のいきなりは今に始まったことじゃない。
ゆかりは不安を抱えつつも待つ事に。
窓から見える空は今にも泣き出しそうな曇り空だった。



「よぉ」

「あき……ど、どうしたのそれ………」

いつもみたいに自分の部屋へとノックも無しに入ってくる不動。
しかし、そんなことは今は気にならない。
ゆかりは目を見開き冷や汗を流しながら不動の頭を指差した。

「あ?気分で入れただけだ。悪いか?」

「明王…なんかおかしいよ……あの日から、ねぇどうしたの何があったの!?」

ゆかりは不動の肩を思いっきり掴む。
何故タトゥーなど入れたのだろうか。何故、何も言ってくれなかったのだろうか。
不動は伏せていた瞳をあげると、笑った。

「俺はもう昔の俺じゃねえ。生まれ変わったんだよ、強い俺に」

「なに言って……」

「誰にも文句なんて言わせねぇ。誰もが認める俺になったんだ!」

「明王っ!」

笑っているのにどこか苦しそうな顔。
ゆかりは声を上げ止めようとするが無駄なようで。

「そんな強さなんていらないでしょ!?明王は私が守ってあげるから!!」

その言葉に不動は笑いを止め思いっきりゆかりを睨みつけた。
自分の肩を掴む華奢な腕を握りつぶすかのような力で押さえる。

「い、いた…っ」

「もう、てめぇみたいなババアに守られるような俺じゃねえんだよ」

「やめ、やめて明王……っ」

「ガキの頃から守る守るって…てめぇは俺の何を守った!?何も出来なかったじゃねえか!!」

ゆかりの瞳から涙が零れる。
それは腕の痛みか、それとも今言われた言葉の痛みか。
視界が滲んでいく中で紫色の光を見た。
ゆかりは反射的に不動が掴んでいないほうの腕を放すとその光を掴んだ。

「てめぇ!何すんだ!!」

「そんなもの付けてるから明王はおかしくなっちゃったんだよ!そんなもの……っ」

「は、なせっ!!」

不動は思いっきりゆかりの身体を押した。
その反動で少女の身体は床へと叩きつけられる。

「あ、明王……」

「てめぇ、うぜえんだよ」

思った以上に強く叩きつけられたらしくゆかりは中々起き上がれずにいた。
そんなゆかりに不動は冷たい視線と言葉を投げかける。

「違う…明王は口は悪くても絶対に手は出さない子だった、よ……。こんなの、明王じゃない………」

「……っ」

ゆかりはやっとの事で上半身だけ起こしたが涙が止まらずぽろぽろと落ちていった。
不動はゆかりの言葉に一瞬怯んだ様に見えたがすぐに後ろを向いてしまう。

「……俺はこれから愛媛に行く。やっとてめぇからオサラバできんだ、嬉しいぜ」

「い、嫌……。やだよ、明王…さよならなんて、やだ……っ」

「うるせぇ!もう見たくねえんだよ……お前なんか!!」

そう不動は叫ぶと部屋を出て行ってしまった。
残されたゆかりは震え、叫ぶ。

「やだ、やだ…やだああああああ!!!明王おおおおおおお!!!!!!!」

しとしとと振り出す雨に掻き消されていく声は
彼の心には届かなかった。

- ナノ -